UP20050420

 

                                 はじまりの家




 ふいに胸騒ぎを覚えて、ゼシカはついていた頬杖をはずした。
 悪い胸騒ぎ、ではない。

 ギシ、と軽い音をたてて机から扉へと視線をめぐらせると同時に、懐かしい声を聞いた。

「ゼーシカー!」

「!!」
 扉のすぐむこうからの呼びかけに、ゼシカは立ち上がる。
 バン!
 彼女らしい軽快さで、ゼシカは扉を開け放った。

!」
「やっほー」
 紛れもないその姿と気軽な挨拶にゼシカはガクリと肩を落とす。
「やっほー、じゃないでしょ! もう、来るなら来るって連絡くらいよこしなさいよ。何ヶ月ぶりだと思ってんの!?」
「ごめんごめん」
 でも連絡するくらいなら来ちゃった方が早いし、などと言うの笑顔は変わらなくて、それに勝てたためしのないゼシカは、軽くため息をつきつつ彼を部屋へと招きいれた。
 例えばゼシカが留守かもしれないとか、アルバート家が何かの厄介ごとを抱えている真っ最中かもしれないとか、そういったことは彼の念頭には存在していないのか。
 いや、どんな不測の事態も、大抵は飄々といなしてしまう彼ならではの行動かもしれない。
「一体どうしたのよ。何かあった?」
 そう問いかけはしたものの、ゼシカには微かな予感があった。
 出不精なが、呼びもしないのに、わざわざここまでやってきたのだ。
「うーん、まあね。――ゼシカ、前にトロデーンで言ったこと、憶えてる?」
「憶えてるわよ」

 ――予感。

 的中したらしいと、ゼシカはふっと緩んだ笑顔をへと向ける。

 あの戦いが終わって、もうどのくらい経っただろうか。
 ゼシカは思いをめぐらせた。




 トロデーンでの派手な宴も永遠に続くものではなく、その終わりを迎えるとともに、ゼシカは帰途の準備へと取り掛からなくてはならなくなった。
 どこかでひとりで暮らそうか。
 でもきっと、家に帰ることになりそうだ。
 今更おうちで誰かの世話にならなければ暮らせない彼女ではなかったが、何よりもひとり残してきた母親の事が気がかりだった。リーザスで眠る兄、サーベルトのこともある。
 まあ、自分のことは――別にいい。

「ねえ、
 静かなゼシカの呼びかけに、は少し首をかしげて彼女の顔を覗き込んだ。
「私、あなたとククールはずっと一緒にいるんだって思い込んでたんだけど」
 昨日去ってしまったククールの姿を追うように、ゼシカはトロデーンの城門を見つめる。
「私やヤンガスは帰る場所があるけど、あいつって、もう聖堂騎士団には絶対戻らないでしょ? だから……当然みたいに、あなたたちは一緒にいるのかなって」
 とククールのことは、ゼシカもそれなりに知っているつもりだった。
 いつからなのか、正確に計ることはできなかったが、気付いた時には、彼らはお互いの事をとても近いところで、紛れもない慈しみの眼差しで、見つめ合うようになっていた。
 それがどんな『想いのカタチ』なのかはわからない。
 その想いに名前なんてつけられないのかもしれない。
 けれどその想いは確かに彼らの中にあって、それはとても……自然で奇麗な形だと、ゼシカはそう認識した。
 見ている方が恥ずかしかったり、ばかばかしくなってしまうようなやりとりが目立つ二人だったし、くだらない喧嘩も多かったと思う。
 けれど、だけど、この二人はきっとずっと一緒にいるんだろうと。思い込んでいたのは自分だけだったのだろうか。

 サラリと片手をあげて、何の躊躇もなしに城をあとにしたククール。
 それでもこの近辺に腰を落ち着けるつもりでいるならまだしも、とてもそういう性格とは思えない。勝手気ままに各地をほっつき歩くつもりでいるとしたら、おいそれと連絡も取れない状態になってしまう。彼らは、それでいいのだろうか。
 自分は、それはとても寂しい。
「だって仕方ないよ。オレはここで近衛兵つとめるつもりでいるけど、ククールはさ、城とかそういう囲いの中で生きるのって苦手じゃん。オレと同じ職に就くような男でもないだろ」
 何よりも自由を求める男。それがククールだ。
 働くことが嫌いな奴ではないから、両手を思いきり伸ばせる場所でなら、彼はどんな風にでも生きていける。
は……それでいいの?」
 ほんの少し眉を寄せて己を見つめるゼシカの表情に、は逆にあっけらかんとした笑顔を向けた。
「全然へーき」
……」
「ゼシカには教えてあげる。……ちゃんと、約束してるから」
「約束?」
 はは、と笑うの笑顔は、本当に屈託がない。
「城で暮らすのが嫌なら、どこかで働いて生活力つけて、ちゃんと暮らせる家を確保して、そしたらとっとと迎えに来いって」
「……ぶっ」
 それは約束というか――半ば命令なような……。
 実にらしいけれど。
「ククールにそれができると思ってるんだ?」
「できるできる。あいつ案外なんでもやれる奴だよ」

 その約束(命令?)を告げた時のククールの仕草を真似て、は左手の人差し指をスッとたて、軽くウインクをした。
「その時の、ククールの言葉」

「「期待して待ってろよ!」」

 ゼシカとかぶった台詞に、は声をたてて笑った。
 ゼシカも笑う。
「そうそう。よくわかったね、ゼシカ!」
「わかるわよ! もう、あんたらって! 余計な心配してソンしちゃったじゃないの」
 ひとしきり笑って。

 ゼシカはその細い両腕をの肩へと伸ばした。
 自分よりも大きなその体躯に両腕を絡め、ぎゅう、と抱きしめる。

、大好きよ。……そうね、いないから言うけど、ククールも大好き。絶対、絶対にいつでもどこでも幸せでいて。私たちは――どこで何をしてても仲間で……ずっと、ずっと一緒だから」
 己を優しく抱きしめるゼシカの細い腰を、も柔らかく引き寄せた。
「ありがと、ゼシカ。オレもゼシカ大好き。ククールがさ、本当にそんな甲斐性見せてきたら、きっと知らせに行くから」
「フフ……約束だからね!」

 約束。




「――それで? ぜひ聞かせてもらいたいんだけど」
 私的な来客用に用意されている椅子を勧めてから、ゼシカは淹れたてのお茶をに手渡した。
「うん、だからね。結論から言って、引っ越すことになったから」
 げふ。
「また随分唐突ね……」
 口に含んだお茶を吹き出しそうになったのをかろうじて押さえ込んで、ゼシカは気合で飲み込んだ。

 トロデーンであの約束を交して、二年ほど経つ。
 その間もそれなりに連絡は取り合っていたし、多分とククールも一度も会っていない訳ではないだろうが、この期間を長いと取るか短いととるか――二人が離れていた期間、と考えれば、長いと言えなくもないかもしれないが。
「なんか、貸間とかじゃなくて、小さい家作っちゃったらしいんだよね」
「作ったぁ!?」
 訂正。
 ククール、やること早すぎ。
 どんな稼ぎ方をしているのだか。
「なにそれ、どんなよ。どこに?」
「いや、実はオレもまだ知らないんだ。場所もなにも全部これから」
「……って、あなたね……」
 どこに、どんな家を作ったかもわからないのにもう引っ越す気満々なんて、そこまであの男を信じきっているってどうなんだろうと思わずにはいられない。
 いやまあ、それも二人の問題か。
「でもまあ話が決まったから、ゼシカに知らせようと思って。早く会いたかったしさ」
 、可愛いことを言う。
「色々落ち着いたらまた来るから、ゼシカも遊びにおいで」
「もう、決まってるじゃない! 絶対場所教えなさいよ。何かある毎に乗り込んでやるんだからね!」
 ゼシカの言葉に、は笑顔でうなずいた。
 きっとククールも喜ぶだろう。
 トロデーンの面々はもう知っているけれど、ヤンガスにも早く教えてやらなきゃな、と思う。
 のことを、ざっくばらんな彼も心配しているだろうから。




 準備万端だから、最低限の身のまわりの物だけ持っていればいいと、ククールは言っていた。
 トロデーン城まで迎えに来たククールに、は当然といえば当然の疑問を投げかける。
「で? オレたちこれからどこに行くんだよ」
 実際久しぶりなのだが、あまりそう感じない笑顔で、ククールは己の唇に人差し指をあててみせた。相変わらず気障な仕草だ。
「それは行ってのお楽しみってな。まあ、まかせろよ。絶対気にいるからさ」
 迎えに来たククールと共に城を出て、何とはなしに領地を歩いていただが。
 そろそろ謎解きがしたくてたまらなくなってきた。
「じゃあルーラはククールにお任せでいいんだろ? 早く連れてけよ」
「はいはいはい」
 少し呆れたような声音で、でも満足そうな笑顔で。
 ククールはの身体を傍に引き寄せた。




「――ここって……」

 ルーラでたどり着いた場所は、何故かリブルアーチ地方だった。というか、ライドンの塔付近だった。
 そこから歩いて歩いて――険しい山道を登って着いた場所は。
 神鳥の力を使ってしか来られなかったはずの、風の鳴く音がこだまし合う、あの山。
「ククール……」
「オレは憶えてるぜ。お前、ここすっげえ好きだったろ。ここで一生暮らしてもいいーなんて呟いてたのだって、ちゃんと聞こえてたんだからな」
 ククールの指摘の通り、はこの風の鳴る丘を、ことのほか気にいっていた。
 素晴らしく見晴らしのいい最高の景色。鳴り止むことのない風の音。
 ここから見る、夕焼けの美しさ。
 なぜだかここで戦闘を繰り返していると、うなぎ登りに力がついていくという不思議な現実もあって、マジックパワーが尽きるまで何日もここに篭った事だってある。

 切り立った崖を壁にするように、そう、背中をあずけるようにそこに接っしてひっそりと、小さな家があった。
 以前こんなところに、もちろん家はなかった。
 だからこれは、新しく作られた家で――でもこの美しい景色を無粋に邪魔することなく、そこに自然に溶け込むように存在しているそれ。細心の注意を払って作られているだろうに、それを感じさせることなく、まるで最初からそこにあったように。
 暗黒神を倒してからはすっかりおとなしくなってしまったらしいスライムたちが、盛り土をされて柔らかな草があしらわれた平らな屋根の上で、たちを気にすることなく日向ぼっこしている。
 そのすぐ裏手に、透明な水をたたえる泉があった。
 そこに歩み寄ったの背後に、ククールも立つ。
「ここ、特に好きだったろ。隙あらば飛び込もうとして、ゼシカに止められてたよなあ」
 お前、水がだいっ好きだしなあ、とククールは笑う。海や川に出合っては、ザブザブと嬉しそうに突き進んだに付き合わされた彼の、当然の解釈だ。
 もちろん、それは事実でもある。

「けど……一体どうやったんだ? こんなところ、前は歩いて来られる場所じゃなかったはずだし」
「そうとも。ククールさんは作りましたよ。道をさ。道があったって険しいに変わりはないんだけどさ、オレたちはまあ、そんなの問題ないしな。リブルアーチの職人とか、ゴルドの連中も手伝ってくれたし」
 ゴルド……?
「なんでゴルド?」
「ああ、オレあの戦いの後からさ、ゴルドの立て直しに参加してんだよ。慈善事業みたいな部分もあるけど、ちゃんと報酬もあるし。何よりあそこは、世界中の連中の、大事な聖地だったはずだし」
 そんなこと、今までまったく知らなかった。
「オレたち、まああの辺じゃ顔パスだろ? みんな喜んでこの家の事、手伝ってくれたぜ? 大司教とかさー」
「大……司教?」
「そうそう、聞いて驚け! ニノ大司教! 生きてやがったよ!」
「うそ……ッ!」
「いやマジだって。すげえぜあの坊さん。檻が監獄におっこちた時さ、下にいた奴ら全員無事だったけど相当パニクったらしくてさ。まあそりゃそうだよな。その中で大司教、慌てふためく連中を一喝した挙句に、地上まで這い上がってきたってよ。全・員・無事! あげくにもうとっくに法皇になってたっていうじゃん」
 信じられない。
「最終的には手に手をとって協力しあうしかないよな。放っとけば死ぬだけなんだし」
 信じられないが。
 けれどそれ以上に、本当に信じられないのは……あの絶望の中で発揮される、生きる力そのものだ。
「だからさ……まだまだ時間はかかるけど、ゴルド再生させてさ、ニノ新法皇中心にしてあの場所をよみがえらせるんだよ」

 なんという事に携わってきたのだ、目の前にいるこの男は。
 暮らせる場所を確保して来いというの言葉を請けて、旅立った先で。恐怖と絶望に疲れきった人々の、生きて行く強さを支援し、力を与え。
 彼が腐りきっていると評する修道院で、それでも敬虔に己の中の神と向き合って生きてきたククールは、やはり。誰よりも真摯に祈りを捧げることを知る、正真正銘の聖堂騎士なのだ。
「お前って……すごいな……」
 心からのの言葉をわかっているのかいないのか。ククールは悪びれもない笑顔でその褒め言葉を受け取っている。
「そんなの最初からわかりきった事だろ? それより、お前こそ大丈夫なのかよ。よくトロデ王に許してもらえたな」
 ククールと暮らすということは、すなわち城を出るということ。
 は曖昧にうなずいた。
「うん。ルーラで出勤する近衛兵は初めてだって呆れられたけど」
 どこにいても、ならばルーラで一瞬でトロデーンに行くことができる。家がこの丘の上だと、帰りはルーラではライドンの塔までしか来られないが、常人離れした――というか、すでに人外な彼の体力の前では、まあ問題にならない。
「でもオレ隊長なんてやってるじゃん。さすがにそれはさ、お役御免になるかと思ってたんだけどさ」
 通いの近衛隊長など、聞いたことがない。どんな状況にもすぐに対応できる常駐だからこそ、近衛兵といえるのだ。
「せめて隊長職は辞めようと思ったら、なんかえらくブーイングがでてさあ。結局副長に実務任せてオレは隊長のまま監査役みたいなことになって……そんなんでいいのかな」
「王様や他の連中がいいって言ってんなら、それでいいじゃねーの」
 ククールにはわかる。
 それは、だからだ。
 その程度のわがままなど問題にならないほどのことを、はやった。何しろこの世界を救ったのだ。それはククールも同じことで、だからこそリブルアーチやゴルドの人々も、ククールの計画に協力してくれた。
 そして何よりも、の、その人となり。

 誰からも愛される、そんな男だから――。

「王様が反対してるんでなければ、それでいいさ」
「そう……だな……」
 オレたちはこれからここで、楽しく幸せに暮らすんだから。
 そんな気持ちを込めて、の肩を引き寄せようとして――ククールの手は、見事に空振った。

 ざぶん。

 気付けばのその身体は、目の前の泉の中。
「ああ! 早速やりやがったなお前!」
「はは、気持ちいいぜ、ククール」
 ザブザブと水遊びを始める。水面を掻いて歩いてもどんなに波を立てても、その水は、濁ることを知らないかのように透明なまま。
 衣服ごとずぶ濡れになるのもおかまいなしで、それは本当に気持ちよさそうで。
「まあ、ね。好きなだけそうしてろよ。そのためにこんな処に、家なんざ建てたんだからな」
 ククールのその言葉に、ほんの一瞬、の動きが止まった。
 彼には背を向けたまま、視線だけ。青い空へと向ける。

 与えられているものは――はかりしれない。
 与えたいものだって、たくさん、たくさん――ある。
 今のには、痛いほどよくわかる。

 なんで、どうしてなんて、考える余裕もない程に――愛されていると。

 ありがとうなんて、言っても言っても言い足りないけれど、そんな言葉で伝えなくてもいいような、そんな気もしてしまう。

「ククールも来ればいいのに」
 何事もなかったように振り返って言えば、ご指名をうけたククールは冗談じゃない、とばかりに肩をすくめる。
「水と見るやすっ飛び込むのはくんひとりで充分だろ? オレは上品な紳士だからな」
 まったく相手にされないとわかっていながら、よくもまあそんな台詞が出てくる。
「ククール」
 イタズラ心が湧き上がって、は握りしめた右手を、す、と前に差し出した。
「? なんだよ」
「ククールが約束守ってくれたらさ、お前に渡したかった物があるんだけど」
 言いながら、その拳を水面へと向け、静かな動作でもってふわりと開く。
 そこから零れた小さな何かが、ポチャリと音をたてて、水面の下へと消えていった。
「おい、!?」
「すっげえいいモノだぜー。欲しかったら自分で拾いなよ」
 言いながら、はククールのいる場所とは反対側の岸へとあがって座り込んでしまう。
「……! お、前なあ!」
 それが何であるかは、そのものが小さすぎて確認はできなかった。
 しかしからの贈り物。
 拾わないわけにはいかないし、ククールが拾わないわけがない。
「まったく、お前は!」
 ヤケになって、ククールは肩を覆ったマントを剥ぎ取り、靴を脱ぎ捨て、手袋を放った。
 ザブンと水に飛び込むと、目を凝らして水の底を睨みつける。
 容易にそれは見つけることができたが、それを拾い上げるために、ククールは全身水浸しになってしまった。
 はというと、してやったりとでもいうように、ひたすら罪のなさそうな笑顔のままで。
 舌打ちしながら拾い上げたものを目で確認して、眉間に皺をよせたままだったククールは、言葉を失くした。水からあがることも忘れて、それを見つめる。
 掌の中の、小さな輝き。
 指輪――だった。
「お前、これ――アルゴンハート……?」
「そ。ちゃんと自分でとってきたんだぜ?」
 それは、指輪という台座にカットした石を嵌めた造りではなかった。輪になっている銀色の輝きと寄り添うように、己も円を描いている真っ赤な宝石。プラチナと赤色の、見事なツートンカラー。
「宝石使ってこの細工って、高かったろうが……」
 第一に出てきた感想がそれだった。それほどまでに呆気にとられてしまったのだ。
「高かった高かった。給料三ヶ月分くらい吹っ飛んだよ。でもお前がここに家作るの、もっとずっと大変だったろ?」
 大変だなんて、これっぽっちも考えたことはなかったけれど――。
「お前……自分が何やってるか、わかってる?」
「何って何が?」
「何ってそりゃ……」
 他でもない、あの一族の一員であるがアルゴンリングを渡すというのは。通常であればそれは、結婚を申し込む時に相手に贈るようなもので。
「あー、別に多分、お前の解釈でいいんじゃないの?」
「って……」
「そーいうつもりで渡したんだし」
「……」
 そう言い放つと同時に、はごろんとその場に大の字に寝転んでしまう。
 だから彼の表情は伺うことができなかった。けれど。
 けれど多分この男のことだから、ククールの反応を楽しむように、晴れやかに笑っているに違いない。

 ククールは、渡すという名目で拾わされたその指輪を己の指にはめてみた。
 知り尽くされたその指のサイズにピッタリとはまる、美しい指輪。

 ザブザブと音を立てて、大またで水の中を闊歩したククールは、の寝転んでいる岸辺に這い上がった。そして横たわる身体の傍らに、どっかりと腰を下ろす。
「なあ。
 嬉しそうに顔を覗き込むククールの方へと、はその顔だけをころりと向けた。
 しっかりとはめられた指輪が目に入って、やっぱり似合うな、などと思う。
「オレたちさー、今より幸せになることなんて、あるのかね?」
 そんなことを口走るククールは、いま幸せの絶頂にいるのだろう。
「さあなぁ。これまでで一番、なんて何度も思ってきたけど、実はまだまだかもしれないし? オレは今この瞬間、実はけっこう泣いちゃってもいいくらいなんだけど」
 そこまで言って、は言葉を切る。
「本当はゴールなんて、存在しないんじゃないのかな」

 下草の上に投げ出されたククールの左手を、はその右手で掬いあげた。
 柔らかな草の中で、その体温を優しく握りしめる。

「この温かさを知ることができた自分が嬉しくてさ。なかなか離すことができなくて、それはオレの中心から溢れかえる泉みたいに、きりもなく押し寄せてくる気持ちで……今のオレは、それだけで精一杯だ」
 でもきっと、これが最大限じゃない。
「……まいったね……」
 ククールは握りしめられた左手を、同じ強さで握り返しながらクツクツと笑った。
「クソ、今すぐお前の着てるものひっぺがして、抱きしめまくりたくなっちまったよ」
「なんだそれ……」
「いや、でも今日はせっかくの我が家での初夜だしな。やっぱり夜を待ってベッドの中のほうがいいか」
「ぶっははは。ククールお前、バカ丸出しー」
「るせえ!」
 こちとらマジだぞ、コラ。


「うん」
「一緒に暮らそう」
「うん」

 二人で暮らそう、ずっとここで。

 ゼシカやヤンガスと、時々はアスカンタやベルガラックなんかにも遊びに行って。
 城で働いて、ゴルド復興を手伝って、モリーさんにも会いに行ったりして。
 そしてここに、帰ってこよう。
 二人で暮らすこの家に、見えるものも見えないものも、言葉も想いもぜんぶ敷き詰めて、積み重ねていこう、ずっと。


 そうして彼らはこの場所で。二人の日々を、笑顔ばかりで生きて行く。






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久方ぶりの砂吐きストーリー……。風鳴りの山で一生暮らしたいと呟いたのは、ええ、プレイヤー本人ですとも。海にも突進しましたとも。そしてゲーム中の話の流れ的に、ククールたちエンディングの時点で新しい法皇が誰か気付いてないだろうなって……。あの人の良さそうな顔にさ(笑)。『彼』の話を聞いてれば別ですが、それどころじゃなかったような。そういうことにしておいてください(笑)。
ていうかこの一話に、詰め込みすぎましたごめんなさい……;;

 

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