UP20050422

 

                        空と海と大地と呪われし姫君




 成り行きというか強制退場というか。
 やたらと理不尽に追い立てられるように修道院を追い出され、この一行に加わってから、どのくらいの時間が経っただろうか?
 ククールは知り合って間もない仲間の最後尾を歩きながら、何とはなしに彼らの姿を眺めていた。
 まだ出逢ってからの日は浅い。
 だが。
 一緒に旅をするうちに、その彼らひとりひとりの個性が、なんとなく見えてきた。
 トロデ王をはじめとしてゼシカ、ヤンガスは、そう、言ってしまえば個性のかたまりのような人物で、それだけに逆にわかりやすいといえばその通りだった。
 わからないのは、残りのひとりだ。

 

 飄々としたひととなりで、頼りになるのかそうでないのかさっぱりわからない。闘ってみればまあこれが普通に驚くくらいには強くて、けれどやっぱりどこかぼんやりとしていて、第一普段どこを見ているのか、どうもわからないようなことが多い。それなのに、一筋縄では行かないような一行を、なぜか彼が引き連れている。
 もともと王と姫を連れてトロデーンを出た時には彼ひとりきりだったということらしいから、後から加わった人間を彼が『引き連れている』という表現は、まあ間違いではないと思う。
 けれどそういった事実とは関係のないところで、他の二人はの後を、好んでついて行っているらしい。その辺が謎だ。
 それに関して、何か意見を言いたい訳でも、不満を持っている訳でもない。
 ただ、わからないだけだ。
 他人にそうさせるだけの何かが、この男のどこにあるのか。
 そんなわけのわからない男に、なぜ自分ものこのこついて来ているのか。
 さっぱりわからない。

 なんでこの一行におとなしくついて来ているのかと、そんなようなことを、ゼシカに訊いてみたことがある。疑問に思ったというよりは、その成り行きになんとなく興味を持っただけだったが。
 それこそ答え自体は単純明快。
 目的が同じであったから、だ。
 それを言ってしまえばククールだって同じことではあったが。
 それだけではない雰囲気が、彼らの間にはある。
 そこが不可解だった。
「そんなの、私にだってわからないわよ」
 それが最終的なゼシカの言葉だった。
 結局のところ、彼女にもそこはわかっていなかった。
 しつこいようだが、別にそのことに不満を持っているわけではない。
 ただ、こんな風に訳のわからない男が目の前にいて、その男のことをあれこれと考えている自分自身に、妙な違和感を覚えてしまっているだけだ。

 旅を始めて間もない頃に、はどうにも妙な行動を取ったことがある。
 ふと歩いていた足を止めて一点を見つめたは「ちょっと待って」とその場を凝視した。なにか怪しいものでも見つけたのかと全員がその一点に視線を集中させるも、そこにはただ草や花があるだけで、他にはまるで何もないように見えた。
 そこにずかずかと足を進めたは、緑の草の中に座り込んでがさがさと何かをあさりはじめ、ややあって。
「はい、ゼシカ〜」
 満面の笑顔でゼシカの髪に差したのは、一輪の白い花。
「はい、姫にも」
 そして馬姫さま、ヤンガス、トロデ王と、順番にあちこちに花をつけまくり。
「はいククール」
 そう言って後ろ髪をまとめるリボンに花を添えられた時、そのあまりの唐突な行動に、ククールは拒むことすら思いつかず、ポカンとを凝視していた。そんな彼に構うことなく、はひとり満足すると、軽い足取りで旅を再開する。
「相変わらずマイペースなヤツじゃのう」
 そういう問題かと、ククールは心の中で突っ込みを入れたが。
「そのうち慣れるでがすよ」
 ヤンガスにはバシン、と背中を叩かれた。ゼシカも呆れたような笑みで見守っているし。
 ――訳がわかんねえ。

 その後もおかしな形の木を見つければ颯爽と登りだし、そこで食えそうな実を見つけたと言ってはウサギカットだとかいって不思議な切り方をして仲間に配ってみたり、海を見つければ突進して一番に水遊びをはじめたり。
 あいつは大丈夫なのかと、何度も思った。
 何というかこう、危機感が足りないような、この旅において、どうにも浮いているような。何を考えて行動しているのか、さっぱりわからない。
「確かにあいつ、とぼけたところあるけどね。あれはあれでいいんじゃないかって、私はそう思うわ」
 ゼシカはそんな風に言った。
を取り巻いてる状況って、結構色々と根が深いんじゃないかって気がするのよね。そんなものを背負って旅をしているって事実、全身で漂わせながらそばにいられたら、それはそれでたまらないもの」
 そう言いながら、またも配布された髪の白い花をいじっているゼシカは、なかなかその花を気にいっているようだった。




 そんなこともあって。
 ククールはについて、やたらとあれこれと考えるようになっていた。

 根が深いと称される、を取り巻く状況。
 突然に現れた道化師に、厳重に保管していた杖を奪われ。その禍々しい力によって馬と魔物に変えられた主君。
 そんな中で、たったひとり無事に取り残された彼の心情は、一体如何なものだろう。
 その城は時が止められたかのようだったと、彼らは表現する。
 それがどのような形でなのか、まではわからないが。
 ついさっきまで普通に話していた仲間の生が、その力ですべて奪われていたとしたら。時が止まり、生きながらにしてその空間の中に閉じ込められているのだとしたら。
 中には、特に親しかった同僚とかだっていたかもしれない。
 たったひとりだけ、彼は無事で残されたのだ。
 その城を後にして、呪われた主君を連れて旅に出た。取り残された空間をもとに戻せるのは、彼以外にいない。その肩に、いくつの命を抱えているのか。なぜそんなことになってしまったのかも、なぜ彼だけが残されたのかもわからないままで。
 幼い頃から、その城で暮らしていただが、そもそもそれ以前の記憶がまるでないという。自分の両親の姿どころか、自分がどこの誰であるのかも知らない彼は、自分がこの世界のどこに属しているのかを、不安と共に考えたりはしないのだろうか。

 いくら思考を巡らせてみても、今のの姿からは、そういった生い立ちを結びつけて考えるのがとても困難だ。
 何も考えていないわけじゃないだろうに、あの平和そうな様はどうだ。
 周りに気を使わせないようにと、そんな配慮でもしているというのだろうか。
 もしもそうなら、それはあまりにも無理があるように思う。
 人はそれぞれ大なり小なりの重みをその過去に抱えていて、ゼシカやヤンガス、ククールだって例外ではない。だからこそ、時にはそれを分かち合って気持ちを楽に保っているではないか。
 積み木だって無理に重ね続ければ、いずれ崩れるのだ。
「いや、オレがそんなこと考えてもな……」
 の事についてククールがいくら考えたところで、それはそんなに意味のあることではないような気がする。
 けれど、わからないから考えてしまう。
 なぜ彼でなければならなかったのか。
 なぜ彼に、人はついて行くのか――。




 月が、やけに明るい。
 白金と蒼がまじったような光が容赦なく差し込む部屋の中で、ククールは眠れずにいた。
 光がまぶしい以外は、気味悪いくらいに静かな夜だ。寝相が悪くいびきのうるさいヤンガスは今日は別室にいて、今この部屋にいるのはククールと、の二人だけだ。
 同じ部屋の中にあって、窓際のベッドで眠るは微動だにせずに眠りについたまま。カーテンの開閉は彼に任せていたし、そんな些細な事でいちいち眠りを妨げられるほど繊細な眠りの神経を持つククールではないのだが、なぜか今夜は目が冴えていた。
 安物のベッドに横たわったまま、蒼い光の中で眠るを見る。

 静かな姿。

 ふいに。
 安らかな眠りの中にいたはずのがふわりと目蓋を開いたので、ククールは微動だにしないままに驚いた。
 月明かりがなければ気付かなかっただろう。
 静かな動作で音もなく起き上がり、窓の外へと顔を向ける
 ややあって、彼はうつむいて微かなため息をついた。
 そして再び静かに横たわり、また、目を閉じた。

 ――なんだ、今のは。

 音を立てることも躊躇われて、その場に横になった姿勢のまま、ククールはその一部始終を凝視しているしかなかった。
 やがてまたピタリとその身体が動かなくなるまで、ククールは辛抱強く動かないままでその様子を伺っていた。
 そっと、身体を起こす。
 反応がないところをみると、は再び眠りの中にあるのだろう。
 床に足をおろして音を立てずに歩み寄り、その顔を覗き込んだ。
 静かな眠り。静かすぎる。
 浅すぎる呼吸のせいで、それはまるで止まっているようだ。動かない身体は、眠りが深いというよりは、ぎこちなく固まったままのようにも見える。
 そしてその表情は。
 本当に凝視しなければわからないほどに、微かに眉を寄せていた。

 急に、いたたまれなくなる。

 なぜこんな眠り方をするのかと。
 問いただしたくなった訳ではないが、このままではいけないような気分に駆られて、ククールは眠るその肩に手を置いた。
 軽く揺さぶる。
 それだけでパッカリと目を開いたは、少し驚いたような顔で自分を起こした人物に焦点を合わせた。
「ククール……? 何かあった?」
 ムクリと起き上がる。
 まるで生きていないかのような眠りの姿から開放されて、なぜかククールは安堵を覚える。
「うなされてたぞ」
 小さなククールの一言にはっとした様に目を開いて、はふいとククールから視線を外してうつむいた。
「……オレ、うなされてた?」
「ああ」
 嘘だ。
 うなされていたなどという事実は口をついて出たでまかせだったが、その必要もないのに申し訳なさそうにうつむき、口元に手を当てるの姿に、ククールは予感の的中を感じて眉を寄せた。
「ごめん」
「別に謝ることじゃねぇだろ」
「ん……」
 うつむいたまま膝にかかっている上掛けを握りしめる彼は、どう言ったものかと思案を重ねているようにも見える。
「ごめん……夢が」
「夢?」
 また微かなため息をついたのが、見て取れた。
「たまに、夢見が悪くて」
 本当にたまになんだ、と言い訳のように呟くその視線が、あてもなく彷徨う。夢の中の光景を追いかけている、なんて訳でもないのだろうが。
「トロデーンが荊のなかに堕ちた時……さ。オレたち近衛兵はいつも通りに夜の見回りをしていて、行き会えば言葉を交したり現状の報告をしあったりして、本当に、いつもとまったく変わらない夜で」
 静かな声音なのに、いつもの数倍雄弁なを、ククールはもちろん初めて目にする。
「急に、物凄く禍々しい空気が爆発したみたいに辺りを取り巻いて、立っていられないほどの衝撃で、みんな足元すくわれて、オレも倒れてしばらく気を失ってたみたいで」
 声が震えている訳ではない。その手が震えている訳でもない。
 けれど、心が微かに震えているのを、ククールはから感じ取った。
「気付いた時には――誰もいなかったんだ」
「……
「みんなその時の表情のままさ、荊に取り込まれて、その場でピクリとも動かないんだぜ? もう正直、どうしようかって途方に暮れかけたよ。それでもすぐに無事を確認に行ったら、王様と姫は結界のおかげで難を逃れてて、その事だけは本当に安心したんだけどさ」
 淡々と話しながら、は少しずついつもの彼に戻っていく。
「見るのは、あの時の城の夢」
 はは、と申し訳なさそうに笑う。
 そんな風にしなくていいのに。けれど彼は笑う。
「辛いんじゃないのか。いつも」
 ストレートで問うてみるが。
「んーん。そうでもないよ。あの時王様と姫がとりあえず動いてくれてて、本当に助かったんだ。オレひとりだったらどうなってたかわからないけど」
 本当にたまに、こんな風に夢を見るだけだから。
「守れるものがあるうちは、辛くなんかないよ」
 多分その言葉に、嘘はないのだろう。
 ククールは少し、の事がわかった気がした。

 多分本当に、彼は弱音を吐きたいのを我慢しているわけではないのだろう。弱音を吐き出したらキリがないというこも、きっと彼は知っている。
 そこに残されたのは自分ひとりで、だから自分が何とかしなければならなくて。
 そんな先の見えない状況下にいるからこそ、彼の心はいつでも平穏を保つように静まっているのだろう。
 楽しいことを楽しいと感じ、この世界の空気を胸いっぱいに取り込み、その景色を瞳に焼き付け、笑う時には笑い、怒る時には怒り。そして常に前を向いている。
 だから彼はいつも、心から明るい。
 出生の記憶のない彼は、多分ずっと昔から、そんな風に生きてきたのだろう。
 強がっている訳ではない。彼は本当に強いのだ。
 あるいは最初は本当に強がっていたのかもしれない。でもそんな前向きな強がりは、そうやって暮らしていくうちには、やがて本物の強さに変わって行く。
 とても柔らかな、彼の強さ。
 そういう強さに、人は惹かれるのか。
 芯はあっても硬さを見せない強さは、そのしなやかさ故に、どんなに力を加えても手折ることができない。

 こんな強さを持つ人間を、ククールは他に知らなかった。

 けれど、だけど。
 ククールはの座るベッドの脇に立ったまま、彼の栗色の髪に、その手で触れた。
 くしゃりと軽くかき混ぜ、その頭を自分の胸元へと導く。
「ククール?」
 不思議そうにしながらも、はされるがままになっている。
「お前の守りたいものってのは、なんだ?」
 頭の触れている胸元から直接響く声に、はふ、と目蓋をふせる。
「空と……海と大地と、呪われてしまった姫君」
「また随分とでかい対象だな、おい」
 姫と王と、この世界と。ひいてはそこに属する、生きとし生けるもの。まるでこの世のすべて、とでも言っているような、その言葉。
 けれど多分それは本当にそのままの意味で。トロデーンから始まったあの凶行は、それだけに留まらずに、この世界そのものを飲み込もうとしているのだろうから、それを止めるということは、世界のすべてを守るということ。
「欲張りなんだろうね、オレは……」
 クスクスと笑うの髪の震えが、胸に伝わった。
「いいんじゃねえの。それこそお前は全部を……一緒に旅するオレたちも、全部ひっくるめて守るつもりでいるんだろうから」
 それはできるのは、多分お前だけだから。
「その礼ってわけじゃねえが、そういうお前を、オレが、オレたちが、助けてやるよ」
「それはどうも」
「だからもうおかしな夢なんざ見るんじゃねえよ」
「そうは言われても」
 ククールの物言いに、反論しながらも笑ってしまうの頭を、ククールはことさら強く、己の胸に押し付けた。
「聞こえるだろうが」
 何が? と問おうとして、はその"音"に気付く。
「少なくとも、お前のそばにいるオレたちは生きて動いてんだよ」
 耳に響く、ククールの規則正しい鼓動。
 ひとりきりではないことの、何よりの証。

「……ありがとう」

 小さく呟いて、はぐい、とその胸を押して頭を離した。
 その掌にも届き感じられる、ククールの鼓動と呼吸。
 パン、との頭に手を乗せて、ククールはその身体を翻した。
「明日も早いぜ。ちゃんと寝ろよ!」
 ひらりと手を振って、もといたベッドへともぐりこむ。仰向けになったところで、視界の端のもその場に横たわったのを確認した。
 けれどは、身体をこちらへと向けて笑っている。
「なあ、ククール。お前ってさー」
「言うんじゃねえよ!」
 何を言われるのか具体的にわかった訳ではないが、どうせロクでもない台詞を吐こうとしているに決まっている。
「はいはい……じゃあオレの心の中だけで呟いておくとするよ」
 それはそれで……すごくイヤな感じではあるのだが。

 おやすみ、と呟いて、今度こそはその目を閉じて眠りに就いた。
 こちらに向けたままのその表情は安らかに見えて、それが真実の姿であればいいがと思う。
「つうか、らしくねえ……」
 に対して取った自分の行動を、ククールはそう評価した。
 何故こんなに、この男の事を気にかけているのだか。
 謎だ疑問だと思っていた部分は確かにあるが、それにしたって、だ。
「どうせまた、ひとりに戻るんだぜ……?」
 無事に、それぞれに共通する仇をを倒すことができたら。この旅が終わりを告げたら、自分がこの一行と一緒にいる理由はないのだ。どうせ離れる連中なのに、親身になって馴れ合ってどうする。大した意味なんてない。
 そうなったら、今のこんな行動なんて、跡形も残らないのだ。
 それは、寂しい? まさか。

 ちらりと、眠るを再び盗み見る。
 自然、ため息が出た。
「やってくれるぜ……」
 多分、自分も例外ではないのだ。この男に、心を巣食われはじめている。
 ――惹かれて、いるのだろう。

 まいった、これは。
 でもまあこれは、仕方のないことだ。別に悪い気分というわけでもない。
 現状山積している問題は数多く存在していて、その中を進んでいかなければならないのが一番の現実で。深いことを考えて悶々とするなんて時間の無駄だし、性に合わない。
 なるようにしかならないし、なるようになるだろう。
 今は、これでいい。
 せめて彼の強さを萎えさせないよう、重すぎる荷物を抱えさせないように。軽々とそれを分け合って、余裕の笑顔でいられるように。
 幸いとそういう事は得意だし、もともと自分は軽い人間だ。いつでも傍で、道化ていよう。まったく無理のない選択だ。


 だから安心して守って見せろよ。
 お前を頼る美しい姫君と――空と海と大地を、さ。






==================================
なんでまたこんなに長くなるかな……。
当初の1.5倍くらい長くなっているんですが。くどい氷村さんの作風炸裂です。ここまで長く書いておいて、どうにもこうにもクク主率が低いように感じるのは気のせいでしょうか。ラブラブ書きたいんですけど! 頼むから! 書いてくれ自分(笑)!!

 

          BACK