UP20050423

 

                        キミへの言い訳




 ほんの少し肌寒さを感じて、ククールは浅い眠りから覚醒した。
 日が暮れるまでに目指す街にたどり着けなかったから、今夜は必然的に野宿で身体を休めるハメになってしまったわけだが。
 焚き火のせいで感覚が麻痺していて、薄い上掛けしかかけなかったのがいけなかったのか。夜が深くなって、明らかに気温は下がっていた。
 焚き火はとうに消えているようで、それがあった場所にはほんの僅かなくすぶりや熱すらも感じられない。まあ、あちこちにモンスターが潜んでいる野外で、あまり火の存在を知られるのは得策ではない。起きているうちならまだいいが、眠りに就けばどうしても隙はできるわけだし。

 ヤンガスはどうした?

 今夜の見張り番となっているはずの彼を、視線だけで探す。
 横たわったククールの視界の隅で、ヤンガスは丸い身体をさらに丸くしていた。
 なんだよ、寝てんじゃん。
 その表情は実に安らかで。
 たたき起こしてやろうかとも思ったが、そこまでする必要は、実はあまりない。
 一応見張り役などと称して夜明かしをする人物を交代で決めてはいるが、それはなんというか保険のようなもので、実はそれほど必要な役割ではなかった。
 なぜかといえば。
 ククールは、側方で寝息をたてている人物へと視線をうつした。
 こちらに背中を向けて眠っている男、。彼がいれば、何も心配はないからだ。
 普段はこうやってしっかりと寝込んでいるように見えて、モンスターや怪しい気配が近づくと、彼は必ず最初に反応して飛び起きるのだ。その瞬発力たるや、起きて見張りをしている人間よりも鋭いときてる。
 これも兵士として培ってきた特有の感覚なのか。
 そのうえ、仲間が近くを動く気配にはまったく反応を示さないのだから徹底している。
 だから彼がこうやって寝息をたてているうちは、この辺りは至って平和なのだ。
「オレにも反応しないんだもんなあ」
 微かな声で、ひとりごちる。
 まだ共に行動をとるようになって間もない頃、やはりこうやって野宿をすることになって、他の連中からのその特徴を聞いた時、もしかして、と思ったのだ。これだけ仲間とそうでないものの気配ををきっちりと見分けているのだから。仲間になったばかりの自分が何かの動きを見せたら、慣れない気配に気付いて反応を示すのではないかと、そう考えた。
 これはおいそれと動かない方がいい訳か? などと思いつつも。
 仲間の中にある、あまりの安心感にはじめ慣れずにいたククールは、どうにも落ち着かなくて、その辺を警戒しつつウロウロと彷徨っていた。
 それでもまったく、起きやしない。
 一緒に旅をすることになったその日から、はククールの事を仲間と認識し、その気配すら害のないものとしてその感覚の中に刻み込んでしまったらしい。
 なんとまあ、柔軟な事か。

 そんな柔らかな感性を持つのことが、ククールは嫌いではない。
 というか。
 彼が持つしなやかな強さの裏付けのようなこんな柔らかさを、手ひどく裏切るような何かが起きなければいいと、切に願っている。
 成り行きとはいえ、こうやって共に明日をも知れない身となって。
 そんな現実を微塵も感じさせない明るさで歩き続ける彼は、ククールにとって、とてもとても――特別な、人間なのだ。
 普段そんな風にあらたまって考えることなんてあまりないし、もちろん口に出して告げるようなこともない。
 けれど、ククールは決めていたのだ。
 がそうあろうとする限り、自分もそれに乗り続けていようと。それでも彼が戸惑ってしまうような局面で、軽く背中を押してやれるように。
 だからククールは、本当に深刻な事件に差し掛かった時も、ありえないくらい不謹慎な態度でそれを一蹴してきた。もっとも彼の場合、持って生まれた性格も大きく作用している訳だが。
 軽口をたたく性格はもともとククールに備わっているものだが、それでが少しでも、困ったり悩んだりしている事をばかばかしく思ってくれるなら。
 自分もなかなか面白いところで、存在価値があるではないか。
 これまでククールがどんな憎まれ口をたたいても、場の雰囲気を壊すような発言をしたとしても、はそれを咎めたことがない。いつもやんわりとその身に受け止めながら、ただ笑っていた。

 ――だから、多分。知られているのかもしれないけれど。

 ククールの考えているいろいろな事も、何もかも。彼は全部感じ取っているのかもしれない。もしも知らないでそんな風に振舞っているのだとしたら、それはそれで凄いことだ。
 まあこの際、どちらでもいいが。

「オレ様けっこう、繊細な神経してるんだぜ?」

 これで結構気なんて使ってるんだから、それを知らないままで、お前のその心に傷なんざつけてくれるなよ、と思う。

 背中を向けたままのその人の方へと、そっと手を伸ばす。
 何とはなしにその髪を指でつまんで弄んでみるが、やはりまったく反応はない。
 しばらくそうしていたら、ほんの少し、の呼吸が乱れた。
 起こしちまったか? と、一瞬その手を止める。
「……さむ……」
 そう、聞こえた。
 聞こえるか聞こえないかの声で呟いたは、派手な動作で寝返りをうった。その目蓋は閉じたままで、軽く眉間に皺を寄せて、身体を丸める。そのままふ、と力を抜いて、また安らかな表情に戻ると、覚醒しかけた意識を再び飛ばしてしまった。

 て、もしもし、さん。

「お、おまえなあ……?」
 呆然と呟くククール。
 は、ククールのほうに向かって身体を反転させていた。触れ合うほどの、ごく至近距離で身体を丸め、あまつさえ、の髪で遊んでいたククールの腕を、しっかりと枕にして。
 ――えーと、この体勢はなんなんだ。ひとつのベッドで寝てるのとかわらない密着度だし!? つうか気付けよお前!
 というか、というか。
 それぞれ野外で寝る場合の位置は、案外いつも決まっていて。今夜も変わらずいつもの位置関係で眠りに就いたはずで。
 ちょっと寝返り打ったくらいで腕枕状態になるほどの至近距離で、いつも寝てるオレたちって、どうなんだ!!
 まったく違和感を覚えたことがなかった。今思えばそれが謎だ。
 あまりにも自然すぎて、考えたこともなかった。――お互いに?
「お前、平和すぎ……」
 その表情が、ヤンガスにも負けないくらい安らかで。
 身体を丸めているせいで、いつもよりもずっと小さく感じる。標準から考えて、小さすぎるわけでも華奢すぎるわけでもなかったが、毎日のあの激しい戦闘を乗り切っている体躯だとは、正直考えにくい。
 すくめているようなその肩は、なだらかでとても優しいラインだった。

 ――なに考えてる、オレ!

 別に邪魔なら押し返せばいいだけの話だし。
 動揺するな。って、何を動揺してるかな!! 寝てる男の身体がこっちに転がってきたって、それだけだろ! 静まれ動悸!!
 きっと寒かったのだ。そうだ。だから自然と、体温のある方へと転がっただけで。
 うん。それだけの話。

 そうだ、寒いんだよな。
 きっともう一度寝返りでも打って離れたとしたら、また寒いんだろうな……。
 つうかオレも寒いんだって。
 なんというか、ちょうどいい体温と抱き心地で――まてまてオレ。
 何してる、なにしてる。

 ククールは、枕にされた腕を折り曲げて、ぎこちなくの肩に掌で触れた。
 肩を抱く、と世間一般では言う。
 寒いし。逃すには惜しい体温だし。
 誰も聞いていないのに、自分の中で激しく言い訳を重ねる。
 だってそうだ。別にこれでが目覚めたところで、どうせ何とも思いやしないんだし。きっと「あれー」とかいって、いつもとまったく変わらないに決まってる。そう、大した問題じゃない。気にするような事じゃねえじゃねーか。
 ――豪快に意識しすぎたゆえである自分の行動を棚に上げまくっているという自覚が、今のククールにはない。
「つうか、寝心地いいじゃん、OKOK」
 半ば無理やりに納得して含み笑うククールは、こんな場面では極度に図太いのか。

 ――大体だ。野郎とこんな風に寄り添ってて気色悪くもないってーか、むしろ居心地いいってのは一種アレだよな。オレもしかして末期だった? ってどういう風に特別?

 なんだか答えが、見えてしまったような気がする。

 でもいい、まあいい。
 そうだったとして、だからなんだ。もしもそうなら、否定する気さらさらないし。
「あー、ホントいいね、これ。気持ちいいー、あったけぇー……」
 あくまで目覚めさせないようにそっとだが、ククールはの身体を、もう少しだけ傍に引き寄せる。
 ククール、完全に開き直った。
 にはきっと他意はなくて、今のこの状態も偶然で。でもそれも構わない。なんかラッキーかなって思ってしまったから、それでいい。
 オレは悪くないぞ。寄ってきたのはそっちだからな。
「お前が目を覚ますまで、な」
 そう呟いて、ククールは上等な気分のまま、瞳を閉じた。




 草の上ではありえないぬくもりを感じて、それにすり寄ったは、自分のその行動で目を覚ました。
「……ん……?」

 ぎゃっ。

 瞬時に目を見開いて、口から飛び出しそうになった叫びを飲み込んだ。
 卓越した判断能力でもって今の状態を把握してしまったは、身動きひとつとれないまま思考だけをグルグルと回転させる。
 なんだ、どうなってるんだ、これ。
 どうして自分は、ククールの肩に頭を預けて寝ているのだ。一体何があった。
 いや落ち着け。
 ククールが仰向けのままでいるところを見ると、おそらくは自分の寝相が悪くて。なんだか肌寒かったような気もするし、多分あたたかい方へと自然と転がってしまったのだと。
 さすが、推理に間違いがない。

 ともかく、離れないと。
 ククールが目覚めたら、仰天する。
 男の自分とこんな格好で添い寝していると知ったら、絶対によくない気分になるはずだ。
 ていうか、あたたかい通り越して、熱いって、顔が。
 顔が熱くて落ち着かなくて、そのくせ物凄く、心地がいい。
 こんな気分でいる事、知られたら。気持ち悪がって、絶対に傍に寄ってくれなくなるだろう。普段軽薄そうに見えて、本当はこれで案外優しくて、色々とさりげなく手を尽くしてくれるククールに、避けられるのは、痛い。
 優しい、ヤツだから。
 その優しさを失うのは、困る。ヤバい。辛い。
「だからさっさと、離れろって……」
 身体が、動かない。
 目覚めた彼に弾かれたら手遅れだ。間違いなく後悔するのに。わかっているのに、動かない。
 だめだって。
 嫌われるのは、本当にイヤだってば。
 もしも「寄るな」なんて言われたりしたら、立ち直れない……。

 ようやっと身体を引き剥がそうとして、肩を包んでいるあたたかさに初めて気がついた。
「え?」
 んーと。肩。抱かれてる? ククールに? なんでだ?
 えーと、えーと。えーっと。
 いや、ククールのことだから、寝相の悪いオレの重みを、夢の中で女の子と間違えてるのかもしれないし。ていうかそうだとして、この状態じゃ、動いたらククール起こしそうな……。
 ――困った……。
 思わず身じろぎをしたら、肩を抱いているククールの手に、にわかに力が入っては驚いた。心臓がはねあがる。
「んだよ……。おとなしくしてろって、……」
 何い!?
 今度こそ、身体を浮かせてしまった。
 まずい、起きちゃう。でももう遅い。ていうか起きてる?
 しかし覗き込んだククールの顔は平和そのもので。目を閉じたままで、呼吸も規則正しい。つまり、眠っている。
 寝言。
 意識があったわけじゃない。けど確かにククールは、の名前を呼んだ。
「く、ククール……?」
 ここにいるのが女の子ではなくてだということを、わかっているのだろうか。

 でも、名前、呼んだ。
 オレの名前、呼んだし――。

 いいかな? いいよ、な。
 ここでこのまま、こうしていても。
 だってそうだ、寝ぼけてたってなんだって、ククールはオレの名前呼んだんだし、そもそもククールがオレの身体、放さないんだし。起こしちゃ可哀想だし、オレ、悪くないよな。

 ふたり、思考パターンは似通っているようだ。

 再びそっとククールの肩に頭を乗せたは、静かに深く、息をついた。
「やっぱりだめだ、気持ちいい……」
 預けてしまった身体は、離せそうになかった。
 こんな風にしているをククールが知ったら、どう思うだろう。でも仕方ないよな、とも思う。この感覚をなんと表現するのであれ、覚えてしまった気持ちに嘘なんてつけないんだし。
 すごく気持ちが良くてあったかくて。だから。
 このまま寝ちゃうけど、許してくれよな――。




 同じような感情に支配されているということを、二人はまだ知らない。
 けれど結局ひっついたまま眠る彼らが、相手の気持ちとあいまみえるのは、そう遠い未来のことではないのかもしれない。






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もーどーかーしーいー。
特に同じ次元のつもりじゃないのに、連作のような雰囲気をかもし出してきた、うちの作品群。……まあ、どっちでもいいですかね……。
ふたりそれぞれの視点、みたいなのを書きたかっただけなんですけどー。あーもう、今に始まったことじゃないけど、自分の書くカップリングものって、じれったくてイラつくうぅーー。

 

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