UP20050426

 

                                   ミステイク




「ククール! ……ククール?」

 小さな川のほとりで彼の人を探していたの視界の遠くに、特徴のある赤い服が映った。
 ヒラヒラと手を振っている。
「おう、ここだここだ」
 岸辺の倒木に腰掛けたククールは、その手元でしきりに短剣を動かしている。
「ゼシカが、鍋の用意は出来てるからって」
「もう少しでこれ片付けちまうから待ってな」
 言っている傍からククールの手は器用に動き、そこに持った木の実の皮をサリサリとむき続けていた。足元の容器の中には、すでに皮をむき終えたそれらが雑多に転がっている。
「すぐに美味い飯作ってやるからさ」
 ククールは本日の野外での食事当番な訳だ。
 彼のこんな姿はもちろん共に旅をしだすまでは想像すらできなかった訳だが、ククールと炊事という組み合わせ、これが案外しっくりとくる。多分、その手際がいいせいなのだろう。時々鼻歌まで混じっていたりする。

 は、こんな時のククールを眺めているのが結構好きだ。
 というか、ぶっちゃけて言ってしまえば、ただ単にククールの傍にいるのが好きだ。

 年中キレイどころのことばかり考えていて、軽薄な言動が目立つ。いかに深刻な場面に突き当たっても、それはあまり変わることがなくて、ゼシカなんかはよく「不謹慎だ」なんて怒ったりしているけれど。
 そしてそんなゼシカも本当はわかっているみたいだけれど、実はククールはこれで案外思慮深くて、色々と考えてはいるが、それをあまり表には出さないだけだ。女の子ばかり見ているようなその目は、意外やのこともよく見ていて、細かいところによく気がつく。その繊細さには、何度も驚かされた。
 そんなククールは、特にが何か迷うときに限って、軽い物言いをする。そして軽い一歩を踏み出せるように、ひそかに背中を押してくれているのだ。
 そんな時に、まるで子供にそうするかのように噛んで含ませるような言い方をするクセも、はなぜか気に入っていた。
 まるで自分を甘やかしているかのような彼の姿が。
 なぜか、心地いいのだ。
 なぜか? いや、なぜなのかって、理由に実は気付いているから。
 時々すこし、胸が、痛いけれど。

 ククールの両足の間に鎮座している容器の中には、穀類やら野菜やら、何種類かの食物が見て取れたが、今彼が手にしているのは、何かの木の実のようだ。
「なんだそれ……オレ見たことない」
 ククールの傍らに歩み寄ったは、不思議そうにその実を指差す。
「ああこれな。さっきそこで群生してるの見つけたんだよ」
 皮をむき続けていた手が、その実の端を軽く切り落とした。
「これ、煮込むといい味出るんだけどさ、生でもけっこうイケルんだぜ」
 ほれ、とその切れ端を目の前につき出されて、はキョトンと目をしばたかせる。
「食ってみ」
「……ん」
 普段手袋に守られている、今は素のままの手を、しばし見つめる。爪は短く切り揃えられていてしっかりとしている手だが、肌はとても奇麗だ。
 と、そんなところをじっくりと見ている場合じゃない。
 シャリ、と、その実にかじりつく。
 その唇にククールの指が触れて、はギクリとした。
 ほんの、一瞬の事だ。

 うわ、指に……って。
 なに焦ってんだって――オレ。

 別にまったく大したことがあった訳じゃない。
 ほんのちょっと、唇と指が触れ合っただけの話だ。
 ククールも一瞬目を見開いたように見えなくもなかったけれど、それは気のせいかもしれない。あるいは、が一瞬身体を固めたから、驚いたのかもしれないし。
 変に意識してたら、ククールが気にしてしまう。
 大体自分、たかがこれだけの事で、何を意識しているのか。
「――どうだ?」
 ククールの、声。
「……あ」
?」
「あ、うん。確かにうまいな。火を入れるのもったいないかも」
 意識を無理やり、口の中の木の実に戻した。
「だろだろ。でもまあ今日はこれは鍋の中な。また別の味わいがあっていいぜ」
 嬉しそうに言って、ククールはさて終わり、とばかりに短剣を布でぬぐうと、川でザブザブと手を洗い始めた。
 は、ポツリと呟いた。
「意外だな」
「あ? なにが」
「ククールって色々と知ってるみたいだからさ。なんか凄く手際いいし」
 たしかに女性や調理師のような繊細さはないが、その分ククールは作業が早いので、大雑把ながらも逆に熟達して見えてしまうのだ。
「そりゃまあ、このくらいは紳士のたしなみってな。お前らと大して変わんねぇだろ。お前もヤンガスも、お嬢さんのゼシカだって、案外何でもできるじゃん」
 まあも城にいた頃から必要に駆られることも多かったし、確かにこの旅の中では自炊する機会もたびたびあっただけに、それぞれイヤでもスキルがついているのかもしれないが。
「そりゃオレだってそこそこはできるけど、ククールには負けるかも。これなら……」
 言いかけて、は不自然に口をつぐんだ。
 ククールは不思議そうにを見つめる。
「これなら?」
「や、なんでもない」

 今、何を言おうとした?
 それはちょっとアレだろ、まずいだろ。口に出すのはちょっと――。

 瞬時にして脳裏を駆け巡った光景を打ち消すかのように、はブンブンと首を振った。その行動は余計に不自然さを強調するだけなのだが、、まるでその自覚がない。
「なんだよ、言いかけてやめるなよ」
「ほんっとに、何でもないから!」
「なんでもないって、なんだよ。つうかお前、顔赤くねえ?」
「赤くない赤くない!」
 ズイ、と近寄られて、は一歩下がる。
「赤いって。お前、熱でもあるわけ?」
 額を触ろうとしたのだろう、すい、と手を出されて、はそれを避けようと、思いっ切り――しゃがんでしまった。
「……お前なあ……」
 うわあ……フォローできない……。
 深く深く自己嫌悪。しかし時間は元に戻らない。
「こーら、
 グイ、と両腕を掴まれて、力まかせに立ち上がらされてしまった。
「なんだよお前、その態度は。何かやましいことでもある訳?」
 やましいこととか何とか、そんな言葉をこのククールから問われるとは何たる失態か――というか、ああ、これは、やましいことなのかそうなのか。
「大したことじゃないから! ホントに!!」
「大したことじゃないなら言えるだろ。ほれほれ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 ぐうの音も出ない。
 ククールのまっすぐな視線には、嘘がつけないのだ。もともとそういったことをは得意としていない。
「別に、ホントに、大したことじゃなくて、ただ……ッ」
「ただ?」
 ああもう、観念するしか。
「これなら、きっと食うに困らないかな……って」
「……は?」
 ククールの目が丸くなる。
「食うに困らないって、だって飯なんざ年中作ってやってるだろ。オレがこれまでお前ら困らせたことあったか? ていうか、ん? きっとって、なんで未来系?」
「だ、だから!」
 本当に、もう。
 適当にごまかしたいが、それができるならば苦労はない。
「もしも……ふたりで……いても、ふたりとも飯が作れるし、ククールうまいし、だから、困らないかな……って」
「…………は?」
 ――そんなに何度も驚かなくたっていいじゃないか。

 は本当に一瞬の間で、想像してしまったのだ。
 ククールと共にいる自分。
 どこで、なんてわからないけれど、どこかで、とククールで。
 当たり前のように一緒に暮らす二人と、想像でしかないそんな未来の光景。
 ひとりしか家事ができなかったら大変だけど、二人ともそれなりにできるならきっと困ることないだろうな、なんて、勝手なことを。
 それは多分、憧憬とか、そういう風に呼べるものではないのか。
「二人で暮らしても困らないだろうなって、そう思っただけだよ!」
「……」
 ポカンとしているククール。は激しくいたたまれない。
「いやまあ、そりゃそうだろうと思うけど――」
 なにやらわからず、ククールは戸惑ったようにそんなことを言う。訳がわからなそうで、それでいて何かを考えあぐねているようで。
「いや、二人で暮らしてって、それで困らないって、言ってることはわかるけどさ、それでどうしてお前、それ考えて顔赤くしてるわけ?」
「それは……!」
 言えというのか! つうかお前鈍い!!
「……て――」
 ククールは、ハッとしたように目を見開いて、その口までパッカリと開いた。
「おい、
 両腕を掴まれたままズイと詰め寄られて、身体を動かせないは、顔だけ後ろへと逃げた。
「あのな」
「ハイ……?」
「ストレートに聞くけど、もしかしてお前――オレの事、好きなの?」
 ブワッとの顔が紅潮する。
 ストレートにも限度ってものがあるだろう。

 ええ、好きですよ。ゼシカやヤンガスだって好きだもん。
 ――なんて。かるーく言える雰囲気とククールの表情ではない。台詞の調子はいつもの彼とまるで変わらないが、迫ってくるその目がマジだ。
 そもそもククール、そんな意味では聞いてない。
 彼のこんな表情の前で、ごまかしなんて出来るわけがない……。
 出来るわけがない、けど。
 けど。
 ……ああ……。

「……………………好きだ」

 自分でも信じられないくらいの、消え入りそうな声。
 それが精一杯だった。
「……」
「…………」
「………………」
 無言の間が、痛い。
「あ、あの」
 何か言わなければと。
 とにかく言葉をつむぎだそうとしたところで。
 思い切り、抱きしめられた。
「く、く、ククール!?」
「うそだろ、おい……ありえねえって」
「あ、ありえないってなんだよ! お、オレは、大体オレはこんなこと言うつもりはこれっぽっちもなかったんだからな! お前が無理やり言わせたんだろ! オレはッ、別に……!」
「だってこんな間違い、滅多にねえだろうが。あったとして、普通やらかすのはどっちか一方だろ! 両方がって、そりゃ奇跡みてぇなモンだろが!」
「ククール……??」
 一体何をまくしたてているのか。
「オレだけが間違ってると思ってたんだよ。お前もなんて、想像すらしてなかったよ。だからお前の気持ちになんて、気付きもしなかったし!」
「おい、ククール……」
 というか、何故自分はククールに抱きしめられているのか。
 あんまりきつすぎて、苦しいを通り越して、痛い。
「気付けよ、バカ。オレも鈍感だけど、お前も相当だぞ」
「……え」
 それはつまり、ククールもを――ということで。
 ということで? いいのか?
「う、うそ! うそだって」
「なんでうそだよ! てめえオレが信用できねえのかよ!」
「そ、そうじゃないけど!」
 すでにパニクっている二人だ。

 ククールは、ようやっとをぎっちりと締め付けていた腕を緩めた。そうしてあらためて、しっかりと、しかし今度はやわらかくの背中に腕をまわす。
 はまだ、立ち尽くしたまま面食らっていた。
「オレがこんなことすんのはお前だけだよ。していいんだろ。いいんだよな?」
 ククールのそんな言葉に返事を返すこともできずに、はおそるおそる両腕を伸ばした。抱きしめられた腕を抜け出して、それはククールの肩へとまわされる。
「……信じられない……」
「まだそんなこと言うか」
 こうしていて、やっとわかってきた。
 二人とも同じ考えを持っていて、同じ想いを抱いていて、でもそれは絶対相手には望めるものじゃないからと諦めて。口には出さずにいた。ということ。

 オレたち、ふたり。

「オレたち二人とも、間違ってる?」
「ああそうだな」
「こうなるべきじゃなかった?」
「でもこうにしかなれねえ」
「……うん」

 どうにかこうにか、やっとたどり着いたらしい。
 例えばそれが間違いでも。それでいいか悪いかくらいは、自分たちで決める。
 まだまったく先の見えない旅路の途中だけれど。

 大丈夫、手をとって、歩いていける。

「……やったあ」
「お前、遅すぎ!」

 抱き合った身体は離れがたくて。絡ませた腕を、なかなか外せなかった。
 そして何度か、キスをした。


 そして食事の材料を待ちわびている仲間の顔を思い出して、大急ぎで彼らの許に走って帰ったのは、それから数分も経った後の事である。






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らーぶらーぶでぃ〜すかぁ? なんかちがうだろ。
どうもDQジャンルでラブストーリーはテレるもののようですね(笑)。なんだろう、告りあっているのに、二人のこの塩味な雰囲気は……。つうか今更言い訳しても始まりませんね、これが氷村の作風なんですね……。潔く諦めますv でもククールさん、あなたまだちゃんと告ってませんよ!

 

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