ボクらのロングバケーション

ACT.1 過ぎたあの日に思いを馳せて



 彼にとっての『出逢いの街』スリーク。
 夏休み、久しぶりにそこに立ったネスは、ジェフの待つ家に真っ直ぐに向かうと、元気良くその扉を開けた。
「久しぶり!!」
 やかましいまでの元気の良さ、しかしあの頃と少しも変わらない彼の様子に、家の中でドライバーを握り締めていたジェフは、目を丸くしつつも自然と笑みに変わる表情を、扉を開けたネスに見せた。
「やあ」
 短い返事。
 無愛想に思う人間もいるかもしれないが、ジェフはいつもこうだ。
 実際久しぶりだというのに、まるで何の感想もないかのように見える。しかし、そのジェフの小さな表情の変化が人への好意の度合いなのだと、ネスは知っている。
 いつものように、何やら怪しい機械をいじっていた手を止め、ジェフは捲り上げたシャツの袖もそのままに立ち上がった。右手でひょいと眼鏡をかけ直す。
「あれ、ジェフ、背が伸びてる」
「君もね」
 ほんのちょっとだけネスよりも高い目線のジェフ。そういえば、自分も結構身長は伸びている事を、ネスは忘れていた。というよりは、普段から別に意識はしていないだけだが。お互い成長期なのだから、当然といえば当然だ。
 一緒に冒険をしたあの頃からひとつふたつ年を数え、ネスから見るジェフはずいぶんと男らしくなった。あの頃から割合無口で、大切な事以外はあまり喋らなかったが、それはそれとして、実は結構アツくて頼りになる奴だった。しかし今は、肩幅も広くなって更に落ち着いて、別の意味でも頼もしそうに見える。
「いいなあ」
 のっけからのネスの台詞に、ジェフはキョトンとなる。
「何が?」
「なんかジェフ、男っぽいじゃん」
 ちょっと拗ねたようなネスの言葉に、思わずジェフは吹き出し、あははは、と軽快に笑ってしまった。
「そういう風に言われるとは思わなかったな。自分ではあまり意識してないんだけど」
「そう?」
「それを言うなら、ネスだってちゃんと男になってるから安心しなよ」
 そうかな〜、と首を傾げるネス。
 しかし、根本的なところはお互い変わっていない。相変わらずネスは少年の元気さを持ち続け、ジェフは研究熱心だ。
「ポーラには会ったか?」
 ジェフが言う。
「途中で寄ってきたよ。相変わらず忙しそうだったな。ジェフによろしくって言ってたよ」
 可愛らしい巻き毛の少女が、二人の脳裏を過ぎる。ネスに負けない元気者のポーラは、今も幼児達の世話で大変らしい。
 ポーラはネスの住むオネットの隣町、ツーソンで暮らしているから、毎日とはいかなくても、休みになれば会える。
 ジェフも、ネスと別れた後はしばらくスリークの郊外サターンバレーで研究を続けていたが、その後は中心街に居を構えているから、やはり休みになれば会える。
 あの頃一緒に冒険した仲間は、プーを除いてみんな元気だ。
 プーだけは、遥かに遠いランマ国で暮らしているので滅多に連絡が取れない。しかし悪い噂は聞かないから、きっと息災なのだろう。
 ネスの持つ特殊能力、テレポートの力を使って会いに行けない訳じゃなかった。しかし、あえて、ネス達はそれをしようとは思わない。そういう力を使わないでいられる今の世界の平和を、噛み締めているのだ。
「懐かしいな」
 どちらともなく発せられる言葉。
 ジェフに促されて中庭に出たネスは、頬に当たる風が心地良い芝生に直に座り込んだ。
 あの頃。
 辛い事もたくさんあった。けれど、あの冒険を懐かしく思い出す時、最近は楽しかった事ばかりが走馬灯のように流れる。きっと、あの冒険がどんどん思い出になっているせいなのだろう。
 ネスのすぐ傍で、椅子に腰掛けるジェフを見上げる。その金色の髪が、さらさらと風に遊ばれているのが、陽の光を反射して眩しい。
「だけど、スリークの夏は思った以上に暑いな」
 ジェフは苦笑する。
 そういえば、彼は遠い北の国で、ずっと寄宿舎で生活していたのだった。あの冒険の時に単身抜け出し、冒険の後は、一度も帰っていないらしい。ずっと別に暮らしていたお父さんと、今はスリークで一緒だ。
「トニーは元気?」
 唐突にネスから意外な言葉が飛び出し、ジェフは驚く。
「トニー? そういえばこの前、また手紙が来てたかな……。元気みたいだけど?」
「ちゃんと返事書いてやらなきゃだめじゃん」
 聞く前からジェフが不精しているのを見透かすように、ネスが言う。
「トニー、すっごくジェフの事好きみたいだからさ」
 何故か拗ねたように言うネス。ジェフは思わず苦笑してしまった。
「妬いてるように聞こえるよ」
「そんなんじゃないって」
 別に妬く理由なんかない。ジェフは頼りになるいい友達だし、多分ジェフもそう思ってくれているだろうと思う。
 しかし、初めてトニーに会った時、ネスは、それはそれは挑戦的な目で見られ、挑発的な言葉をぶつけられたものだ。寄宿舎でジェフと一緒だったトニーにしてみれば、運命で引き寄せられた旅の仲間などというものは、嫉妬の対象にしかならなかったのだろう。ネスにとっては、あまり感じのいい出逢いではなかった。
 水面下の火花の存在を知らないのはジェフ本人だけだ。
「トニーはいい奴だよ。たまに……何か、怖いくらいに献身的になる事があるけど」
 そう言うジェフは、未だにトニーの熱い想いに気付いていないらしい。傍から見ていてもハッキリとわかるほどだというのに。ほんの少しだけ、トニーが気の毒なようにも思える。
「スノーウッド寄宿舎のあたりは今も根雪が残ってるだろうな……。ネスにも見せてやりたいよ。あの時一緒に行ったストーンヘンジのあたりもいいけど、寄宿舎の方は、行った事がないだろう? 針葉樹の森や、タッシーのいる湖は、凄く綺麗だよ」
 懐かしそうにジェフが言うのに、ネスは少し考えた。
「……あのさ、行こうよ」
「は?」
 勢い良く、ネスは立ち上がった。
「せっかくの夏休みだもん、遊びに行こうよ、ウインターズ!」
 ネスの言葉に、ジェフは心底驚いた。
 今この場で、そんな事を言われるとは思わなかった。
 もっとも、実際夏休みなのはネスだけだ。ジェフは学力的にはまったく問題がないというか、知能はありすぎるくらいなので、家庭学習の形を取っている。以前在籍していた学校は、あの冒険の時に飛び出してしまった。さすがにもう帰りを待ってはいないだろう。
「ネス……そう言うけど、ウインターズは凄く遠いよ?」
「そんなのボクら、平気だろ?」
 もうすっかり、ネスは行く気になっている。
「……」
 悪くはないか。
 ジェフは思う。放り出してきた学園にも、いずれはきちんと挨拶をしなければならないと思っていたし。
 あいにくというか幸いというか、ネスもジェフも息子が何日か旅に出たところで、心配して捜しまわるような親は持ちあわせていない。もっとも、あの冒険の日々がそうさせたのだろうが。
 一言「しばらく出掛けます」とでも伝えれば大丈夫だろう。
 しかし、やはり公共の交通機関を使って行くには、ウィンターズは遠いような気がする。海を越えなければならないのだ。
「あれを使うか……」
「あれ?」
 ジェフは、何気に妖しい笑みを浮かべる。
「僕と父さんで開発した飛行機だよ」
「……え……」
 ネスの顔色が変わる。
「……ダイジョウブなの?」
 ジェフのお父さん――アンドーナツ博士の開発したもの。それはちょっと怖いと、ネスは経験上身を持って知っていた。最終的には役に立つものの、途中の過程が、抜群に信用できない。そこに、ジェフが加わったとすると……。
 最高に高機能で、最高に使いこなせない物体のような気がする。
「僕が信用できないかい?」
 いかにもジェフっぽい、余裕の微笑み。ここで頷いたら、どんな制裁を、最高の笑顔で加えてくるかわからない。
 ネスはただ、能面のような笑顔でぶんぶんと首を横に振るしかなかった。
「よし」
「ところで、飛行機なんてどこにあるの?」
 ジェフの家には怪しい器材は山のように置いてあるが、人が乗れるような飛行機の類は目に見えるところにはなかった。
「サターンバレー」
「サターン……バレー?」
 さすがに大きすぎる物は、みんなそこに置いてあるのだという。サターンバレーの住人達は、地球人にはない科学力を持っているから、メンテナンスをしてもらうのにちょうどいいらしい。
 サターンバレーの住人……大きな鼻の一頭身の生物『どせいさん』の、ぽやーんとした姿がネスの脳裏を過ぎる。
 今度こそ、ネスは不安でその場にへなへなと倒れそうになった。


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