ボクらのロングバケーション

ACT.5 岬の別荘にて ― ビコーズ アイ ラブ ユー



 僕たちの小さな一歩は
 母なる惑星のための 大切な歩みのはじまりだった
 僕は この巡り会いに 心から感謝を捧げる
 これが 神様の与えてくれたものならば その神様に
 あるいは僕の選択の結果ならば 僕自身に

 君に会えて良かった――


「ここ……どこ?」
 ネスとジェフがウインターズからテレポートした場所は、小さな小屋の一室だった。
「ネス、知ってるんじゃないの……?」
 ジェフはそういった力をまったく持っていないから、テレポートに関してはネスに任せるしかない。
「う〜ん、久しぶりだから、うまく座標が特定できなくて……あ」
 ネスは、小屋の小さな窓に駆け寄った。そこから、遠くの海からの潮騒が聴こえる。
「どこかと思ったら……ボクらの別荘だよ、ここ!」
「え?」
 二人は、冒険のさなかに購入した別荘の事を思い出した。
 決して安い買い物ではなかったのだが、建物の規模に対しては破格だったから、うっかり購入してしまったものだ。もっともそれは、子供相手だからと不動産業者が外側だけ綺麗に取り繕ったものを売り払っただけの事だったのだが。
 建物の中の状態には、ネスもジェフも驚いたものだ。床も壁もぼろぼろに穴だらけの状態で、備え付けられていた家具も全て壊れていた。そこで初めて、二人は騙されたと知ったのだ。
 しかし、その後ジェフがなんだかんだと簡単に修理してしまったから、あまり問題もなかった。
「全然来てなかったから、忘れてたよ。懐かしいなぁ」
 窓から身を乗り出すネスの隣に、ジェフも並ぶ。
「なるほどなぁ。そういえば、僕も忘れてたよ」
「せっかく買ったのに、勿体無かったな。そうだ、今度ポーラにも見せてやりたいなぁ」
 ネスの言葉に「やめといた方がいいと思うけど」と、ジェフが苦笑する。
「ここ、ポーラに内緒で買ったの忘れたの?」
「……あ」
 こんな高い買い物は反対されるに決まっていると、二人はポーラの目の届かない隙にこの別荘を買ったのだった。
 だって別荘を持つなんて、男のロマンっぽくてカッコ良かったのだ。
「じゃあ、もうしばらく内緒だな」
「うん」
 苦笑した二人は、そのまましばらく、遠くに輝く海を眺めた。
「さっきの話さ」
「うん?」
 突然ネスが口を開いたので、ジェフは少し驚いてネスを見た。
「寄宿舎の話。本当に、あんな風に別れて良かった?」
「……」
 いいんだよ、と、ジェフは微かな笑みと共に答える。
 あの空間。
 懐かしさと共に感じた、微かな疎外感。共に学んだ友人達と、別の道を歩きはじめたのだと、はっきりと自覚した瞬間。そしてそれは、間違いなく自分の意志で。
 多分、何度過去に戻っても、自分は同じ道を選ぶだろう。
 だって、君と巡り会えた事が、こんなに嬉しい。
「じゃあさ、トニーとボクと、どっちが好き?」
「何だよ、ネスまで」
 トニーのような事を言うネスに一瞬面食らったジェフだが、ネスの表情は明るい。意地の悪い冗談だ。笑顔につられて、自分も笑ってしまった。
「トニーよりもずっと好きだよ……とでも言えば、満足?」
 くすくすと笑いながら、ネスは首を振る。
「冗談だよ。誰かと比べて欲しい訳じゃない。ジェフがどんな風に思っていても、そんなのは全然問題じゃない。僕は、ジェフが好きだよ」
「うん……知ってる」
 そして、ネスも知っているはずだ。どんなにジェフが、ネスとの出逢いに感謝しているか。ポーラやプーと知り合えた自分を、どんなに誇りに思っているか。
 失う事など、考えただけで気が遠くなってしまうような、そんなかけがえのない存在だという事を。
「何か――音楽がきこえる」
 ネスが、ぽつりと言った。
 ジェフが耳を澄ますと、潮騒に遮られながら、遠くで聴き覚えのあるメロディが微かに流れていた。
「ああ……これは知ってる。『ビコーズ アイ ラブ ユー』っていうんだ」
「ふーん……」
 どこかで誰かが、聴いているのかもしれない。それは、とても静かで優しい音楽だ。海に背を向けるようにして窓辺に寄りかかり、ジェフはしばらくその音楽に耳を傾けた。
「あの闘いが終わったあと、ひとりで歩いた道で、これと同じような曲を聴いたような気がするよ」
 ネスが、滅多に見せないような切ない表情で独り言のように呟くから、何だかジェフまで切なくなってしまう。
 あの日々を思い出せば、いつも切なさがそこに付きまとっていた。
 あんな事は二度と起こってはいけないという想いと、あんな旅はもう二度とできないだろうという、相反する想い。
 時には極限状態もあった。何度、途中で投げ出したいと思ったかわからない。無事に終えた旅だからそんな事を考えられるのだという事もわかっている。しかし、だからこそあの旅を懐かしいと思うと共に、思い出すたびに、何故か泣きたいような、そんな衝動にも駆られてしまうのだ。
 混沌とする自分の心に耐えられなくなったかのように、ジェフは隣に立つネスの肩に、コツンと頭を預けた。
 そうしないと、何だか泣けてきてしまいそうで。
 肩に顔を埋めるジェフの頭を、ネスはそっと両腕で抱え込んだ。
「あの旅は、ギーグと闘って世界を救うための旅だった。これからのボクらの旅は、一生をかけてもっと大きな事をやり遂げるための旅だ」
 ジェフの金色の髪に顔を寄せて囁くネス。
 ジェフは、思わず苦笑してしまった。
 世界を救うよりも大きな事って何だろう。そのあまりのスケールの大きさに、泣き笑いのような表情を浮かべてしまう。ネスには、見えていないだろうけれど。
「頼むよ、ネス――君は、ずっとそのままでいてくれ」
 何度世界に危機が訪れても、ネスならきっと、その度に世界を救ってくれるだろう。そして、ジェフがネスを必要とするような事が何度あっても、きっとその度に手を差し伸べてくれる。
「僕たちは、ずっとこのままでいよう。――できるだけ、綺麗なままで大人になろう。僕たちが愛おしいと思うこんな優しい世界を、ずっと守り、伝えていかなきゃ」
「うん――」
 ジェフは、ネスの肩を掴んだ手に力を込める。微かな潮風が、そんな二人の髪を優しく撫でた。


「ちょっとぉ――ッ!!」
 バーンとけたたましい音をたてて、別荘の小屋の入口の扉が開かれた。
「やっっとみつけたわ!」
 突然の来訪者に、目をぱちくりとさせるネスとジェフ。
 ぜーぜーと息を切らして憤怒の表情を見せているのは、他でもない、四人の仲間の内のひとり、ポーラであった。
「ポーラ!? どうしてここに?」
「それはこっちの台詞よ! 誰かがテレポートしたような力を感じたから、きっとあなたたちだと思ってずっと探しちゃったわよ。それより、ここって何よ。『僕たちは綺麗なままでいよう』って、それって、それって……あなたたちって、そういう関係だったのぉ――ッ!?」
 ポーラの悪い癖で、また勝手にテレパシーで会話を傍受したらしい。もっとも、彼女もむやみやたらにこの力を使ったりはしない。二人を探すために、だろう。
 しかし、中途半端な傍受で変な誤解を生んでいるらしい。
「あのね、ポーラ……」
「だめよ、男の子同士で!!! たとえそれを大目に見たとしても、私に隠れてこそこそと秘密事なんて、許さないんだから!!」
「……ポーラ、違う……」
 完全に誤解している上にどこか論点のずれているポーラに反論を試みる二人だが、全く割り込む隙がない。
「ネスもジェフもプーも私も、みんなみんな、仲間はずれなんか無しで、ずっとずーっと一緒なんだから――!!」

 ……どさ。

 天を仰いで叫んだポーラの目の前に、突然何かが降ってきた。
「いたたた……」
「プー!!?」
 突然現われたのは、昨日二人が再会を喜び、今日別れたばかりのプーだった。したたかに打ったらしい腰をさすっている。
「このじゃじゃ馬……。あんまり強い波動に、引っ張られたじゃないか」
 ポーラの叫びは、遥か彼方のランマのプーまで引き寄せてしまったらしい。よくよく考えると、末恐ろしいパワーだ。
「よう、おふたりさん。ずいぶん早く帰ってきたみたいだな。ウインターズは、楽しかったか?」
 プーの台詞に、ポーラは本格的に怒りを露にした。
「ちょっと、何? ネスがジェフに会いに行ったのは知ってるけど、二人だけでプーに会って、その上ウインターズまで行ったっていう訳……?」
 ポーラはフルフルと肩を震わせ、キッとネスとジェフを睨んだ。思わず引いてしまう二人。
 許せな――――い!! と叫んだポーラの声は、あたりを揺るがす波動さながらだった。
 訳のわからなそうな顔をしていたプーが、事情を察したらしく軽快な笑い声を立てた。縮こまっていたネスとジェフも、何だかつられて笑いが込み上げてしまう。
「ごめんごめん。今度は一緒に行こう。絶対だよ」
 ぷーっと膨れるポーラに、笑いが止まらない。
 ポーラに秘密にしておこうと思った矢先に、別荘の存在はあっさりとばれてしまった。しかし、そのおかげか、期せずして四人の仲間がこうして揃ってしまったのだ。
「最高の夏休みだ」
 ネスが呟いた。
 そのネスの肩に手を置き、そこに額を当ててクスクスとジェフは笑う。
 何か得るところがあったのだろうと、二人を見て感じ取ったプーも、密かに先程とは違った意味で、微笑んだ。
 多分、今日はこのまま宴会にでもなだれ込んでしまう事だろう。せっかくこうして全員揃ったのだ。機会は有効に使わなければ、勿体無い。すでにポーラは、プンプンと怒ったままで家具や食器の物色をしている。
 さぞや話題は尽きない事だろう。
 今へとつながる、最低の闘いの中の、最高の出逢いに。
 こんなに素晴らしい仲間との夏に。
 ――Thanks from a heart!


 君の微笑みとともに始まった僕の夏休み
 ほんの少しだけ曇っていた僕の心を
 あっさりと晴らしてくれた君の強さ
 何もかも受け止めて 僕たちはもっと強くなろう
 喜びと悲しみと 笑顔と そして涙と

 僕は 君が 大好きだよ――



END

BGM 「...and Tears」
(C)Rukka Kujiranami/AtRANDOM

☆やっと終わった……(笑)。このお話は、設定に大分フィクションが入ってます。お許し下さいね。あんな方法でテレポートなんか、しねえってーの(笑)。ちなみに、トニーのあたりはノンフィクションですが(爆)。いやあ、ゲーム中から飛ばしてくれましたよ、彼は。
 なんか、今回も軌道修正が大変で……。そんなつもりじゃないのに、話がどんどんアヤシイ方向に……。何とか踏みとどまった、鯨波さんです(苦笑)。

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