君のとなり 〜続・大輔と賢の買い物キャロル(笑)

   
 クリスマス。
 街中のそこかしこが色めき立つこの日。
 並んでぶらぶらと歩いていた太一とヤマトは、不可思議な光景を目にして立ち止まった。
「おい、あれ」
 ヤマトの指す方を、太一も見る。
 そこには、独りでてくてく歩く一乗寺賢と、大きな荷物をいくつも抱えてその後を追う本宮大輔の姿があった。
「何やってんだ、あいつら……」
 妙な組み合わせに、思わず間の抜けた顔になってしまう太一。
「そういえば、タケルが言ってたな。今日、クリスマスパーティをやるとか何とか」
 ああそうか、と太一も頷く。
 大輔の抱えている荷物を見てみれば、それはいかにもそのパーティのために買った品物で。
「へえ……あいつら、一緒にイベントに参加できるくらいにはお近付きになれたって訳か?」
「さあなァ」
 一乗寺賢というか、デジモンカイザーには太一も良い目には合わされていない。けれど、新しい『選ばれし子供たち』は、過去は過去として彼の事を認めつつあるらしい。
 それが良い事なのかどうかは知らない。けれど、賢が闇の道に走った事に関しては、良いとか悪いとか、そういう言葉で割り切れない根の深いものもある。それに、今の賢を仲間と認めるかどうか、それを決めるのは彼らだ。
「分かり合えたなら、その方がいいさ。間違いは誰にだってあるぜ。俺と太一みたいに遠回りしなきゃ近付けない連中もいる訳だし」
 クク、とヤマトは楽しそうに笑う。
 自分達だけでなく、タケルと大輔の喧嘩の事も思い出す。
「男の友情は、殴り合いで育つってか? それを言うなら、あいつらも喧嘩だけは死ぬほどしてるだろうからなー。スケールが違うけど」
 まあいい。
 今日はクリスマスだ。誰もがサンタからのプレゼントをもらえる祝福の日である訳だし。
 楽しい時は、楽しんだ方が良い。
「さて、と。デバガメしても仕方ないし、俺達も行こうぜ」
 ヤマトが言い、その足を速めた。
「待てよ」
 その後を太一が慌てて追い、再び並ぶ。そしてまたぶらぶらと歩き出した。

「おーい、賢! 待てってば」
 重たすぎる荷物にひいひい言いながらやっと追いつく大輔。
「お前、ほんっとに先に行く事ないだろ! マジでヤバいくらいにこの荷物重いんだぞーッ!」
 何度も後ろから呼びかけられている賢は、ピタリと止まると大輔の抱えている荷物をひょいと取り上げた。
「やだな、ほんの冗談じゃないか」
「冗談って距離じゃねーだろ……」
 大輔が賢に、自分よりも体力が有り余っているからと買い出しの品を全て押し付けられてから、既に結構な距離を追いかけっこしている。
「キミが僕より体力があるのは本当の事だよ」
 勉強もスポーツも人一倍にこなす賢に言われても嫌味にしか聞こえないが、大輔はチェ、と、憮然とした顔のままそれ以上は言い返さなかった。
 こういう言い合いも、楽しかったからだ。
「あ……」
 雑貨屋のクリスマスワゴンの前で、ふと賢が立ち止まる。
「あん?」
 大輔も立ち止まると、賢の視線の先に目を向ける。そこには、色とりどりの飾り付けの中にさまざまな子供向けの小物が陳列されていた。
 その中でも、賢の視線が一点に注がれている。
「なにお前、なんか欲しいものでもあんのか?」
「あ、いや別に」
 ひょいと視線を逸らし、賢は再びスタスタと歩き出す。
「あ、おい賢! 待てって!」
 大輔の叫びにも振り返らず、賢は足早に通りを抜けた。
「ケ〜ン〜〜……はあ、はあ……」
 近道の小さな公園の中を通る頃、半ば荷物を引きずるようにしながら大輔は賢に追いすがった。荷物は、相変わらず大輔の方が多く持っているのだ。
「ちょっと……休ませろ……」
 そんな大輔の様子に、賢は苦笑混じりに立ち止まった。
 その場でドスンと荷物を降ろすと、大輔は盛大にため息をついた。相当重かったらしい。
「ほら」
 それでもポケットを探り、小さな袋をズイと賢の目の前に差し出す。
「何だい、これ?」
 それを受け取った賢がファンシーな袋の口を開けると、中から姿を覗かせたのは、小さなシャボン玉のセットだった。
 思わず目を見開いてしまう賢。
「あ? 違う? お前の見てたの、それじゃねえの?」
「大輔、キミ……」
 間違いではない。先刻の店先で賢が見ていたのは、確かにこのシャボン玉だ。けれど、あの一瞬でそれを解ってしまうなんて。
 しかも、とっさにそれを購入したらしい。
「欲しかったんなら、やるぜそれ。クリスマスだしな! ささやかなプレゼントだ」
 一個100円だし。
「え、あ、あ……ありがとう」
 いい年した(?)男がシャボン玉を欲しがるなんて、ちょっと恥ずかしいという思いで賢は微かに頬を赤らめたが、大輔の方はそういう事はまったく気にもしていないらしい。
 休憩がてら、賢はその液体の蓋を開けると、セットのストローを軽く浸し、それをくわえた。
 ふわふわと、小さなシャボン玉がいくつも出来上がり、飛んで行く。
「なんか、なっつかしーなー。な、な、俺にもやらせてみろよ」
 賢から容器を受け取り、ストローに息を吹き込む大輔。大きな物をつくろうと意気込んだが、それはあっけなく割れて消えてしまう。
「はは。そんなに強く吹いたらだめだよ」
 再び、賢が容器を手にする。静かに息を吹き込むと、シャボン玉が手毬ほどの大きさにまで膨れ上がり、そこからポワンと離れてふわふわと浮遊した。
「おぉ!!」
 もう一度フッと息を吹き込むと、今度は小さなシャボン玉が次々と飛び出し、無数に空を舞う。
「お前、シャボン玉吹くの上手いのな!」
 大輔の言葉に、賢はふっと手を止めて彼を見た。
「あん? 俺、なんか悪い事言ったか?」
「あ、いや……」
 ただ、驚いたのだ。
「昔、兄にも同じ事を言われたよ」
「へえ、お前、兄ちゃんいるのか」
「ああ……」
 ほんの少し垣間見せた賢の切なそうな表情に、大輔はそれ以上の追求をやめた。彼にしては珍しい敏感さだ。
「兄は何に関しても僕よりも優れていたんだけど『賢は息遣いが優しいからシャボン玉を吹くのが一番上手い』って、いつも言ってくれたんだ」
「へえ」
 それでシャボン玉を見つめていたのだと、大輔は納得した。
 何でもこなす賢よりも遥かに上を行く兄の存在というのが大輔にはどうにも想像できなかったが、兄の事を話す賢は優しい顔をしている。
 きっと、とても大切なお兄さんなのだろう。

 ふわふわと舞うシャボン玉を見つめながら、賢は兄の顔を思い浮かべた。
 何をやらせても自分よりも勝っていた兄。
 尊敬していた兄との、ささやかな心のすれ違い、そして、事故……。
 闇の手を取ってしまった自分が許されるのも、自分自身を許せる事も一生ありえないと思っていた、ちょっと前までの辛い日々。
 賢の事を考え続けていたワームモンが、悪の塊となった自分を、その命を懸けて目覚めさせてくれた。
 そして、贖罪の想いに押しつぶされて、死ぬ事すら厭わなかったばかな自分を、強い力で引き戻してくれたのは、大輔だ。
 誰もが許せないと撥ね付けた賢を、たったひとり、大輔だけが待ってくれていた。
 確かにまだ、時間が必要だ。
 全てを忘れるには、一生かかっても足りないかもしれない。
 けれど、乗り越えて行く事はできるはず。
 もう、少しだけ。
 あと少しで……心から笑える時が、きっと来る。
 賢は、その時を信じていたかった。
 そしてそれは、すべて自分の心に懸かっているのだから、信じて進むしかないのだという事も。賢はもう知っていた。

「そろそろ行こうか」
 手に持っていたシャボン玉を上着のポケットにしまうと、賢は荷物を持ち直した。
「いっけね。みんな待ってるな!」
「ああ」
 再び歩き出した賢の後を、大輔が先刻と同じように追いかけた。
「賢! やっぱりお前、もう少し荷物持てよー!」
「ははは」
 賢は、ブチブチと文句を呟きながら後をついてくる大輔を振り返った。
「大輔」
「ああ?」
 眉間にシワを寄せる大輔を、きっと自分は今、とても穏やかな瞳で見つめている。
「ありがとう」
 後方の大輔に聞こえるように少し大きな声で言った賢に、大輔は胸を張ってみせる。
「おう、気にしなくていいぜ! 100円だしな!」
 そんな大輔の答えに思わず傾きかけてしまう賢だが、静かに微笑むと再び歩き出した。
「待てってば!」
 ずっと後を追いかけていた大輔がようやく賢の側方まで追いつき。
 やっと二人は、肩を並べて歩きはじめた。

FIN  


☆デジモンCDの「クリスマスファンタジー」に収録されていた二人の曲の会話の続編として書いた物ですが、これ書いた時はまだあんまり賢ちゃん馴染んでなくて、早くこんな風になれば良いのになあ、とか思っていた記憶があります(笑)。蓋を開けてみれば、TVの方のクリスマスの回はこんなものじゃなかったですけど(爆笑)。

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