きっと恋してる 2

   
 雪祭り。
 毎年、この時期に街の中心で盛大に行なわれる祭りだ。氷や雪で作られたさまざまな彫像が展示され、にぎやかに露店が出店される。
 ナッツ達も、毎年仲間同士で遊びに来ていた。
「も〜、ナッツったら、どこに行っちゃったんだろ」
 アンリがあたりを見回して呟く。彼女はまだ15歳だが、持ち前の明るさでナッツとは気の合う友達だった。もともとナッツの通っていた学校は、年齢で学年を区分する場所ではなかったから、こういう交友関係も当り前のものだった。
「完全にはぐれてしまいましたね」
 鳶も心配そうに遠くを見た。青桐鳶(あおぎり・えん)、いつも優しい彼も、ナッツの事は特に甘やかしていた人間のひとりだ。
 本当に、ナッツは沢山の人間に可愛がられている。
「ナッツはたしか、去年もはぐれたのだ。案外間が抜けているのだ」
 ニールが独特の口調でうんうんとひとり納得する。これでも、この学友達の中では最年長だ。
「悪かったな」
 昨年もナッツは雪祭りでみんなとはぐれてしまったが、その時はティムも一緒だった。
「いや別に、そういう訳では」
 焦るニールをよそに、みんながばらばらとナッツを捜索に散らばった。
 今のナッツは、女の子なのだ。何かあったら大変である。メンバーの中には本物の女の子も何人かいるが、何というか、そういうトラブルはまず起こらないと確信できる何かを、それぞれが持ちあわせていた。見た目はみんな可愛らしいのだが、不思議な話だ。
 もっと不思議なのは、そういう女の子達にも心配をさせてしまうナッツの存在だが。

 ナッツはひとり、雪祭り会場を見下ろせる高台に来ていた。
「なんだかなあ……俺、去年も思いっきりはぐれたような気がするなあ」
 自分の間抜けさを呪いつつ、ナッツは煌く会場を見下ろした。
 ここには、去年ティムと一緒にはぐれた時も来ている。下手に動くよりも、ここにいた方が誰かに見付けてもらいやすいだろうと踏んだのだ。
 少なくとも、ティムが気付いてくれるだろう。
「ティム……か」
 卒業式のあの日。
 ナッツを男に戻せる方法があるかもしれないと言ってくれたティム。だから、それを二人で探そうと。
 旅の途中も、なにかと挫けそうになるナッツを彼はいつも励ましてくれた。まるで自分の事のように胸を痛め、ナッツの事を気遣ってくれたのだ。
 絶対に途中で見捨てたりしないと、彼は言った。
 だから、安心しろと。
 その言葉は、どんなにナッツを力付けてくれたか分らない。
 ナッツが諦めない内は、ティムも絶対に途中で投げ出したりはしないだろう。
 では、ナッツが男に戻れる日が来たとしたら、その後はどうなるだろう。あるいは、男に戻れないまま、ナッツが諦めてしまったら?
 そうか、と何事もなかったように、ティムは離れていき、共にあるこの時間も終わるのだろうか。
 それが当り前なのだと思う。
 この旅を終わらせるためにこそ、今旅をしているのだ。
 けれど。何だか、最近複雑だ。
 もしもナッツが男に戻れないまま、それでも諦めなければきっとティムもずっとナッツに付き合って探求をしてくれるのだろう。
 だけど、それもそう長くは続けられない。
 ティムの事だ。約束した通り、彼はずっとナッツのために探求と研究を続けてくれるだろう。しかしそれでは、ティムはナッツのために一生を使いきってしまう事になる。
「……それは、だめだ」
 もしも、解ったら。
 どうしても男に戻る方法がないと確信してしまう時がきたら、自分は彼に言わなければならない。
「もういいよ」と。
 それによって、今のこの状態が終わってしまうとしても。
 それが自分の義務なのだと思う。こんなにもナッツのために尽くしてくれるティムへの、自分ができるせめてもの恩返しだ。
「何でこんなに、哀しいかなあ……」
 きっと、キラキラしたこの雪祭りのせいだ。
 遠くから見る祭りの喧騒は、何となく人を感傷的にさせてしまう。
 思えば、こんな気持ちになる時はいつもティムが近くにいてくれたのだ。だから、こんな風に哀しくなる事もなかった。
 あらためて、彼の事を凄いと思ってしまう。
 自分はこんなにも、ティムに甘えてきたのだ。

「ナッツ! 探したぞ!」
 突然の、背後からのティムの声に、ナッツは慌てて振り返った。
「ティム……」
 ふらりと自分にに近寄ろうとするナッツに、ティムは駆け寄りながら我知らず両手を差し伸べてしまっていた。
 ドシンと勢い良くぶつかってきたナッツの両腕が、ティムの首に巻きつけられる。
「みんな、心配していたんだぞ」
「ごめん……」
 ナッツの細い体を、ティムはそっと抱き返した。
「それで、何だってお前は泣いてるんだ」
 え、と、ナッツは顔を上げてティムを見つめる。
「俺? 泣いてる?」
「泣いてる」
 まったく自覚していなかったから、言われたナッツの方が驚いてしまった。
「あ、あのさ」
「うん?」
「俺が男に戻れてもそうでなくても……もしも俺が『いい』って言ったとしたら、その時……ティムは、どうする?」
「……何を情けない事を言ってるんだ」
 ティムが怒るから、ナッツは「もしもだよ」と付け加えた。
「決まっているだろう。次はお前の番だ。俺の研究にずっと付き合わせて、こき使ってやる」
 予想外の答えに、ナッツはキョトンとしてしまう。
 しかし、考えてみれば一番ティムらしい答えだ。
「そう……そっか。はは。あはは……」
 本当のところ、ナッツの考えそうな事はティムも解っていた。最近元気がなかったから、きっとくだらない未来の事でもぐちゃぐちゃと考えているのだろうと。
「言っただろう。お前は、何も心配しなくていい。この先、ずっとだ」
 一生を誓ってしまうような事を、ティムは平気で口にする。しかし、もちろん彼は本気だ。
「……うん」
 ありがとうとは、まだ言えない。もっと先、自分が男に戻れるか、そうでなくともその後も傍にいてくれる、その時に。
 その時にこそ、精一杯のお礼をしようと、ナッツはずっと決めていたから。
 言葉の代わりに、ナッツはティムの首に回した腕に力を込めた。

「……うわっちゃ〜……」
 後から追いつき、思わずデバガメしていた面々。アンリは頭を抱えた。
 鳶は顔を真っ赤にしている。
「なんか……ナッツくん、このまま男に戻らない方がいいんじゃ……」
「同感。こんな状態の後で男に戻ってもなあ……」
 鳶の言葉に、リュークが同意する。他のメンバーもうんうんと頷いた。
「だけどティムって、あんな奴だったァ?」
「そこはそれ、ナッツの魔力」
「あ〜、みんな、コロリとやられてるもんねえ……」
 好き勝手な事を、こそこそと囁きあっている。
「あれ、みんな、どうしたの?」
 こちらに気付いたらしいナッツが、驚いたように声を上げた。
「どうしたの、じゃないでしょぉ〜〜!?」
 散々心配させられた上に、甘々なラブシーン(?)を見せ付けられたのではたまらない。
「まったくもう、相変わらずのあんたで、安心しちゃったわよ!」
 訳の解らない言葉と共に頭をコツンとされて、ナッツは首を傾げながらもとりあえず「ごめん」と謝っておいた。
「今日は、ナッツくんの顔が見られただけでも良かったです。でも、あまり心配させないで下さいね」
 一年前と変わらないおっとりとした口調で、鳶が言う。
「うん……ありがと」
 帰って来て良かった。
 不意にナッツは、そんな事を思った。
 こんな風に大好きな人たちに囲まれて、まるで昔に帰ったみたいだ。ちょっと前まで不安を抱えていた自分が、ばかみたいに思える。
「そうだ、ナッツ」
 ティムが不意にポケットの中から、何かを出した。
「なに?」
「さっき、露店のオヤジに無理矢理売りつけられたんだが……こういうのはお前も好きかと思ってな」
 そう言って、ティムは小さく煌くものをナッツの指にそっとはめた。
 それは、金と銀に輝くツートンのリングだ。
「ふたつで対になってるらしいが……俺は実験の邪魔になるんでな。首からぶら下げておくか」
「うわー、綺麗だなあ。うん、ティム、いいよこれ」
 お揃いだァ、と無邪気に喜ぶナッツとそれを見守るティムの周りで、全ての仲間があんぐりと開いた口をそのままにしていた。
「ティムって……信じらんない……」
 大人数の中で簡単に二人の世界を作り上げてしまう神経もさる事ながら、無自覚のままに取る行動がもの凄い。またそれをさらりと受けてしまうナッツは、更に上を行っている。
 まるでマリッジリングのようだと誰もが思ったが、誰も口には出せなかった。ティムの神経を逆なでして、せっかく喜んでいるナッツの邪魔をしたくなかったからだ。
「なんか……いいわ、もう」
 乾いた笑顔のまま、アンリが開き直った。他のメンバーも、それに従う。
 せっかくのお祭りだし。
 ティムもナッツもみんなも、少しくらい羽目を外したっていいじゃないか。
「良かったなー、ナッツ!」
 とりあえず、リュークはナッツの背中をバンバンと叩いて大声で言った。
 細かい事は全て抜きにしてしまった仲間達に、祝福の夜の闇は降り注ぐ。
 そうして仲間達は、あらためて久々の再会を喜びあうのだった。


 ナッツとティムは、また旅立って行った。
 今度こそ、男に戻って帰ってくるよとナッツが言うのを、仲間達は笑って送り出したけれど。
「正直なところ……どうよ」
 二人の去った方向をぼんやりと眺めながら、アンリが呟く。
「ガキでもこさえて幸せいっぱいで戻ってくる方に、食堂のハンバーグステーキ」
「偶然ですね……僕もそう思います」
「ていうか、賭けにならないわ……」
 リューク、鳶に続いて、アンリが頭を抱える。
 しかし。たぶん。いや、きっと。
 どんな風になっていても、あの人たちは、幸せな顔をして再びこの地を訪れるのだろう。

 ――まるで奇跡のような透明な愛を、周りの全てに見せ付けながら。

FIN  


☆よくよく考えると、ウィズハもシリーズ通してプレイしてるなー。思えば、初めてプレイしたギャルゲーかもしれん。攻略対象に男の子もいるってのは当時ショックでしたね。一瞬後には喜んでましたが(笑)。最初の主人公ルーファスも好きだったけど、このRのナッツは可愛くてイイ。……ていうか、ティム限定のような気がするけど。<他の人相手には結構男の子してるもん(笑)。

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