UP20020412
Hearts - The beginning
人間と物の怪が交互に勢力を奪い合いながら、互いに相容れぬままに同じ世界を生きるようになってから、どれだけの年月が過ぎたのだろうか。 人間は、その過去の殆どを知らない。 永い歴史の中にはそういった物の怪の関連した逸話も多く残されているが、どれも御伽話の域を出ない。その多くはいわゆるフィクション、物語として語られ、本気でその存在を説こうとする者は神経を疑われるのが常だ。 人間の中に物の怪が『妖魔』として正式に認知されるようになったのは、極々最近の事だ。その存在を見る事のできる者、できない者の差は相変わらずあったが、近年、妖魔を認知する力、打倒する力を持っている者は『認定術師』として対妖魔機関『退魔庁』に登録されるようになった。 1000年単位で交互に訪れると言われている人の時代と妖魔の時代。今、人の時代が終わりを迎え妖魔の千年紀が訪れようとしているためか、妖魔を倒す事のできる力、いわゆる『魔術』を扱える人間が、目に見えて増えてきているのだ。 妖魔は人を食い、その存在のための糧とする。一切の体液がなく、本来は姿を持たない。人間の目に見えている姿はまやかしや器でしかなく、感情はあっても他に対する情は存在しない。その身体をただ切っても妖魔が痛みを訴える事はなく、彼らを根本的に倒す事ができるのは、術師の魔術しかないのだ。 そして妖魔は、人間を食わずにはその存在を維持する事ができない。本当の意味での食事ではなく、人の中にあるいわゆる『精気』のようなものを糧としているのだ。中には己の享楽的欲求を満たすために残忍な痕跡を残す妖魔もいたが、それは個体の性格によった。人間以外の動物でも代用はできるが、それを食いつなぐだけでは妖魔が本当に満たされる事はない。だから必然的にその照準は人間に絞られる事になり、人間は妖魔の攻撃に対抗するために、正式な機関を必要とするに至ったのだ。 氷村郁実(ひむら・いくみ)も、対妖魔機関『退魔庁』に認定術師として登録され、退魔官として退魔庁に籍を置く人間のひとりだ。 認定術師はそのすべてが退魔官になる訳ではない。退魔官はいわゆる警察官と同じ公的機関に所属する人間で、退魔官の職に就くにはそれなりの能力と教育課程を必要とした。郁実は、妖魔を倒す力を得るために、退魔庁の付属機関である『高等専門学校 ”大和武尊(やまとたける)”』を卒業している。退魔官への近道だ。 大和武尊の高等部を卒業した後すぐに退魔官となった郁実は、最初の頃は地元で防犯部警ら課に所属していたが、後に北海道本部へと転勤になり、しばらくの間そこで刑事部機動捜査課の一員として妖魔との戦闘を繰り返していた。 その郁実に、季節外れの辞令が舞い込んできたのは11月。彼が24歳になったばかりの冬の事であった。 「群馬県本部……ですか」 郁実の言葉に、異動の辞令を申し渡した上司は頷いた。 「そうだ。刑事部捜査第一課の方に欠員ができてな。ちょうど君なら実家もある事だし、不都合にはならないだろう」 郁実の地元であるというのも確かにあったが、本当の理由は他にあったようだった。それを知ったのは辞令を言い渡された時より少し後の事だったのだが、どちらにせよ郁実には断る理由もないし、何より上の決めた事でもある。 郁実がようやく住み慣れてきた北海道を離れて故郷に戻ったのは、12月の事だった。 |