UP20020412

Hearts - An epilogue WHITE FLOWER





 郁実は、圭斗と泉を連れて近所の寺に顔を出した。
 住職に挨拶をすると、一度奥に引っ込んだ住職はひと抱えの箱を持って、再び郁実の前に現われた。
 畳の上に置かれたその箱の前に、郁実は持ってきた鉄砲ユリの花を置く。
「悪いな……きみの好きな花を、俺は知らなくて」
 ユリは、郁実の好きな花だ。
 この寺には、透子と華子の遺骨が無縁仏として安置されている。色々な過程はあったが、結局身元の分らなかった二人を、この寺が引き取ったのだ。郁実の前に置かれた箱の中には、あの時の二人の衣類などが収められている。
「今なら、わかるのですよ。あなたがどんな光景を、その目にしていたのかがね」
 住職がゆっくりと話し出す。
 魔物の存在が公式に認められている今日。当時は信じられなかったような話も、今はほとんどの人間が理解できる。
 この住職は、あの事件の本当の理由を関係者から聞きながら、その事を胸の内にしまっておいた人間のひとりだ。
「華子、まだここにいるね?」
 郁実は呟く。
 昨日、榊から聞いていた華子の存在を思い浮かべた。
 郁実に、華子の姿は見えない。完全に、郁実の視界に入らない魂の形になってしまっているのだ。
 しかし、華子はそこにいた。

 ずっと、そばにいたよ。
 でももう、今度こそ、本当に大丈夫だよね。
 ずっと前から大丈夫だったもんね。

 華子は、郁実の目の前でそっと微笑んだ。
「ずっと来られなくて、すまなかった」
 郁実は、目の前にいるであろう華子に向かって呟く。
「ありがとう。もう、大丈夫だ」

 うん。華子も、ありがとう。
 来てくれて、ありがとう。
 あの人が教えてくれたね。
 郁実の近くにいるあの人は、とても綺麗な人ね。
 綺麗で純粋な、混じり気の無い心の色を持つ人。
 でもね、あの人は、とても怖い人ね。
 綺麗で純粋な色――でもその色は、とてもとても、深い黒。
 どんな色も、深い黒の中には溶けて消えてしまうから……
 心を、落とさないでね。
 それに、染まってしまわないでね。
 郁実ちゃんの持つ、真っ白な心の色。
 それを黒に、溶かしてしまわないでね。
 闇の色を変えられるのは、強烈な光だけ――
 そんな光が現われるまで、
 郁実ちゃんは、彼が歯車を回してしまわないように、
 この世界を守ってね。

 ずっとずっと、みんなで――

「華子が、消えた」
 圭斗が呟いた。
 既に、圭斗にもうまく見る事のできない形になっていた華子だが、その気配だけは、感じ取れていたらしい。
「……そうか」
 郁実は俯く。
「光が現われるまで、黒に染まるなとさ」
 華子の意識の断片を拾った圭斗の言葉を、郁実だけが理解した。
 黒と言われた彼の顔を思い出し、思わず苦笑してしまう。
「――了解」
 郁実は振り返ると、後ろに控えた二人に言った。
「付き合わせて悪かったな。行こうか」
 兄妹は、笑って頷く。

 これで、全てが終わった。
 あの事件に関する事、華子への贖罪の日々が、すべて。
 これからも、あんな事件を再び起こさないために頑張らなければならないのだ。全ては無理でも、手に届く範囲だけでも、守れるように。
 その為に、強くなろうと決めたのだから。
 それを教えてくれたのは、過去に出会った全ての友人、家族、そして深すぎる心の色を持ったあの人だったけれど――

 それをすべて、自分の強さに変えて。
 今の郁実は、ただ前に進むだけだった。




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●あとがき●
なんだかんだ言って、ゲームに参加していない人にはやはり何が何だかわかりませんね。すみません(汗)。
えーと、冒頭に出てきた、大和武尊の高校時代と、北海道での退魔官としての活動は実際にゲームの中で郁実が描かれたエピソードです。それ以外の所は私のオリジナルですね。登場人物も、最初会話をしていた榊皇惟講師と、名前だけ出てきた時岡講師はゲームの中でノンプレイヤーキャラとして出ていた人たちです。ちょっとお借りしました。それ以外の家族やお隣りさんなどはすべて私のオリジナルです。
ゲームに参加していた時に、郁実を投入している物語の小説を書いてくれるマスターさんに「郁実はこれこれこういうトラウマを持っている」というような解説をした所、もの凄く有効に活用して下さって(笑)。全国に散らばる他の参加者さん達も上手くそれに乗ってくれて、おかげさまでとても楽しい活躍をする事ができました。本当なら、大人数が参加するネットワークゲームですから、出来上がった小説の中に名前しか出てこない、なんて事も当たり前にあったりする世界なんですけどね(苦笑)。
結局郁実の過去の傷については、私がきちんと解説をしておいたマスター以外は他の参加者さんも誰も詳しい事を知らなかったので、こんな小説を書いてみたのでした(笑)。



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