UP20060402

          小さな恋の物語 ――2

 


 空港のロビーを歩きながらかいつまんで状況を説明するシイナに、ララクセルズは首をかしげた。
「話はわかったよ。それでどうして、シイナが彼女に追いかけられるんだ?」
 ハア。ため息ひとつ。
「そのときに彼女がすごく喜んでさ。お礼に何かって申し出てくれたんだけど、彼女が出来ることってことで、秘伝のマッサージだかなんだかってのをやってくれたんだ」
 ララクセルズは目を見張る。
「また突拍子もない礼だな」
「カペルタ秘伝とかでさ、工場での重労働には特に効くっていう凄いヤツだったらしいんだけど」
「はあ……」
「それで今日偶然会ったらさ、外出を許されるようになったって言って、それはまあいいんだけど、もう一度お礼を、とか言い出して、マッサージしようとするんだよ……」
 だから逃げてきたと、シイナは情け無い形相で呟いた。
「何で逃げるんだ?」
「痛いんだ! 物凄く! しかも、うら若き乙女に全身身包みはがされて、背中から圧し掛かられるんだぞ!!」
「ぶっ」
「笑い事じゃない!」
 ほぼ全裸にされて腰の上に跨られた挙句に、悶絶する痛みをこれでもかというほどに与えられた。しかも横目で眺める母親付きだ。その光景を思い出すだけでげんなりしてしまう。翌日にもみ返しが来なかったことだけは、さすがというべきかもしれないが。
「でも効き目はあったんだろう?」
「そりゃそうだけどさ……」
 話しながら空港の休憩所を目指していた二人だが、シイナがふと立ち止まった。
「……ヤバ」
「え?」
 カーラにでも見つかったのかと思って辺りを見回したララクセルズだが、それらしき人影は見えない。空港の利用客もまばらで、目立っているのはどこかそわそわしている空港の荷物管理人の姿くらいだ。
 と思っていたら、その管理人の視線がこちらへと向けられた。
 なぜかシイナが隠れようとするが、遅かったようだ。
「シイナさん!!」
 なんだなんだ。
「キリシュさん! 今日はちょっと忙しいんで、ジュノーまで行っている余裕はありませんから悪しからず!!」
「ええ!? でもだって、またカシスからの弁当が届かないんです! また材料不足で彼女が困っているのかと思うと、僕はいてもたっても……」
「今日は却下! ほら彼女直伝のパンあげるから! 今日はこれで我慢して!!」
 言うが早いか、シイナは手に持っていた紙の袋をキリシュと呼ばれた男におしつけた。
 ララクセルズには、わけがわからない。
「シイナ? キリシュと知り合いだったのか?」
「シイナさん、ララクセルズと知り合いだったんですか」
「あーもう!」
 頭を抱えるシイナを尻目に、キリシュはララクセルズに向かって目を爛々と輝かせた。
「シイナさんにはカシスのことで世話になったんだよ!」
「カシスって誰」
「知らないのか!? ジュノーから僕にいつもパンを届けてくれる友達だよ!」
 知らない。というか話したこともないくせに、何をひとりでハイテンションになっているのか。最近空港の荷物管理係に配属になったキリシュとは、そんなに長い付き合いがあるわけではないが、こんなにハキハキと明るい彼は初めて見る。
「……シイナ?」
「……ジュノーに行こうと思って空港に来た時にさ……彼女からの弁当が届かないんで、何か病気にでもなっていたらどうしようって話をきいて、様子を見てやったことがあるんだよ……」
「彼女だなんてそんな!!」
 ……やかましい。
「そしたら彼女、材料不足でパンが焼けないとかでえらく落ち込んでて、その時調達してきてくれと泣いて懇願された材料が、ミルクとチーズとクリームとフライパンを各50個……」
「……」
「あの時は助かりました!!」
「もう二度とゴメンだ!!」
 ……全部、集めたのか……。
「あっ、シイナさん!」
 シイナはララクセルズの腕を掴んでクルリときびすを返した。
「ララク、外で食べよう」
「うおっと、おいおいおい!」
「シイナさーん!!」
 強引に腕を引かれて走りながら、ララクセルズは呆れ顔で天を仰いだ。
(お人良し……)

 広場でゼイゼイと息をつきながら、二人はぐったりとベンチに腰掛けた。
「シイナ。お前の苦労性ってさあ、絶対その性格が災いしてるだろ」
「性格だから苦労性っていうんだろ……」
 わけのわからない会話だ。
「まあ、悪いことばかりでもないけどな」
「うん?」
「カシスさんのおかげで、パンの焼き方は上手くなった」
 ボスっと、シイナはララクセルズの膝にひとつ残った紙袋を放った。
「なるほど……」
 ガサガサと袋を開きながら、ララクセルズはシイナを見る。
「お前さっき、キリシュに自分の分やっちまわなかった?」
「ああいーよ。もう食欲も失せましたー」
「バカ言ってないで食えよ」
 ララクセルズは袋から、さっきシイナが焼き上げたばかりのパンで作った野菜サンドを取り出すと、ひとり分というにはいささか量の多いそれを半分に引きちぎってシイナに掴ませた。
「どうも……」
 真面目に食欲のなさそうな顔でそれに噛み付くシイナを呆れ顔で見やってから、彼も野菜サンドを口に運ぶ。確かに最近のパンは美味くなっている。具材の切り方は、相変わらず大雑把だったが。
「アンタら、広場の真ん中で愉快なやりとりしてくれるわよね……」
「ぶは」
 突然背後からかかった声に、二人は危うく口にしたパンを吹き出しかける。
「アーク。驚かすな」
 ベンチに腰掛ける二人の真後ろに立つのは、オネエ言葉が不思議と似合う、マッチョなダンディ、自称世界一の料理研究家、本業は鍛冶屋であるアーク・クラインだ。二人とは随分歳が離れている年長だが、妙に気の合う友人である。
「つうか愉快なやりとりって何だよ」
 ララクセルズの抗議にも、アークはただ肩をすくめるだけだ。
「疲労困憊した男二人が、油の匂いと煙が漂う広場のベンチで仲睦まじくパンを分け合う光景を、愉快と言わずしてなんて言うのよ」
「……」
 成り行き上、仕方のないことではあるが。
「そういえばシイナ、あんたカーラちゃんとは会ったの?」
 ゲフ。
 またもやパンを吹き出しかけるシイナ。何故アークからその名前が出てくるのだ。
「ここ何日か、彼女あんたのこと探してたのよぉ。事情がわからないから、家までは教えなかったんだけど」
 それには本気で感謝する。
 しかし、何度もシイナの所在を訊かれたらしいアークには、事情を話しておいたほうがいいのかもしれない。シイナは一通りの成り行きをアークに聞かせた。

「……あんたがこの街で目立つのって、外国の人間だからってだけじゃなかったわけね」
 アークはため息をつく。
「目立ってるかな」
 シイナにその自覚はない。ここに居ついた珍しい外国人という噂の種になっていることは知っているが。
「目立つっていうか、良く名前を聞くのよ。カーラちゃん以外にも、近所の子供だとか町外れの修理工だとか、ベフの酒場でまで『最近見ないけど元気かい』なんて言われて驚いたわ」
「……」
「あちこちで色々な事に手を出してんじゃないの? 人がいいんだから」
 からかいまじりのアークの言葉には、ララクセルズも無言のままうんうんと頷いた。そう言われると心当たりがありすぎるだけに、シイナは反論のしようがない。何だかんだと面倒見のいいシイナは、誰彼となく話をしてはあらゆる場面で手を伸ばし、他人のために走り回る。聖職者という職業柄もあるだろう。大体、世界中をほっつき歩く冒険者などという人種は、もともと根がマメにできているのだ。
「まあね……でもオレは、この街もこの街の人も好きだからさ」
 シイナの言葉に、アークは「んまあぁ!」と叫んでシイナの首を後ろからギュウギュウと抱きしめる。痛い痛いと真面目に涙目で抗議して、ようやく腕を緩めた。
「こんな街を好きって言ってくれるのは嬉しいわよ。まあ、ね。こんな街だからこそ、他の住人と付き合いを密にするのは悪いことじゃないわ。でも変に利用されないようにしなさいよ」
「言えてる……」
「はいはい」
 アークとララクセルズのふたりに言われて、これまた反論できないシイナは渋々頷く。面倒くさがりのクセにお人よしの巻き込まれ体質なのは事実だ。先刻ララクセルズに苦労性だと指摘されたばかりである。
「カーラちゃんがね。シイナをうらやましがってたのよ」
「え?」
「シイナのように、大切なもののために他のすべてを捨てることのできる勇気と強い意志が欲しいって」
「……」
 そんなようなことを、初対面の時にも言われた。特にここに移り住んだことに対して言っていたようでもあるが。
「オレは別に、そんな大層な志しがあったわけじゃ……」
 ないと言いかけて、シイナは考える。
 ……いや。
 そうでも、ないかもしれない。
「私はわかる気がするわよ。あんたにとって大切なもの。あるんでしょ、ここには」
 住み慣れた土地を離れて、この街で暮らす理由。それだけの価値があるもの。
 この地に存在する大きな謎と、愛すべき人々。
 放ってはおけなかったもの。
 捨てられずに、選んだもの。
「……あるかもね。確かに。そのためにオレは全てを飛び越えて、ここにいる」
 あまりにもたやすく選びすぎていて、自分では気付いていなかった。
 それほど親しくもないというのに、それを見抜いていたカーラはさすがと言うべきなのだろうか。女性ならではの勘の鋭さというヤツか。
「時にそれは辛いこともあるかもしれないけど、そうできる勇気があるってのは幸せなことだと思うわ」
 アークが初めて見た時のシイナは、全身血まみれで呆然と立ち尽くしていた。何かを失ったような目をして、だからこそ、まだ失っていない何かを必死で守り通そうとしていたその姿。
 アークはそんなシイナを、知っている。
「……あのさあ」
 野菜サンドをガブガブと胃に押し込んでいたララクセルズが、辛抱たまらんとでも言うように、眉間に皺を寄せて口を挟む。
「さっきからお前らが何の話をしてるのか、さっぱりわからない」
 ララクセルズの言葉に、アークは思わず目を見張った。
「シイナがここに移り住んだ理由って話だけど」
「だから、この街に気に入った部分があったからだろ? それが何かなんて知らないけどさ、それだけじゃダメなわけ? 何もってまわったような会話してるんだ?」
「……」
 あっきれた。
 アークのそんな呟きに、ララクセルズは何も言えずに口をつぐんでしまう。呆れられるようなことを口にした覚えはないのだが、アークの訳知り顔は、あまりララクセルズの得意とするところではない。この年長者には、これまで言葉で勝てたためしがないのだ。
「核にいる人間ほど、気付かないものね……」
「何がだよ!」
 アークに食って掛かるララクセルズに、シイナはたまらず笑い出した。
「あははは。いいんじゃない? ララクの言い分が一番明確だよ。オレが一番いたい場所にいられるのが幸せって話」
「なんだよ、シイナまで……」
 むくれるララクセルズを適当にあしらっていたシイナだが、ひとしきり雑談した後で、彼の肩に手を置いて立ち上がった。
「オレはそろそろ家に戻るよ。カーラさんに見つかる前にね」
「そうか?」
 シイナの言葉に、ララクセルズは懐中時計を取り出す。まだ時間の余裕はあるが、そろそろ頃合かもしれない。相変わらず仕事熱心なララクセルズは、自分もそろそろ戻ろうと腰を上げた。
「今日は暇だから、夕飯の支度でもしておくよ」
 シイナの言葉に、ララクセルズはうんざりと首を振る。
「今日はオレがやるからいいよ……昨日のお前の鳥肉との格闘はちょっと酷かったぞ」
 パンの焼き方は少々上達したシイナだが、相変わらず料理の腕は男前だ。
「人のこと言えないだろ……」
 今度はシイナがむくれる。どっちもどっちだ。
「あんたらねえ! たまには私のところに料理教わりに来なさいよ! あんたらの作るものって、時々ホントに見てられないんだから!」
 常時腰にぶら下げているフライパンを掲げて叫ぶアークに笑顔だけで手を振り、シイナは街道を歩き出した。
 こんな会話のひと時も、シイナが手に入れた幸せのひとつだ。
 プロンテラにいたら手に入らなかったかといえば、そうでもないかもしれない。あそこはあそこで幸せな空間だった。けれど今手に入れたこの生活は、それとはまったく異質なもの。離したいとは思えない、とても大切なもの。

 そんな幸せのために飛び立つ勇気が欲しかったのだろう。あの少女は。

 けれど彼女はひとりではない。クルトがいて、いつか彼もカーラのために一歩を踏み出してくれるなら。彼との幸せにたどり着くそのために、彼女は強くなれるだろう。
 否。彼女はもう、そこへと向かって歩き出している。
 シイナをうらやんでいなくても、もう大丈夫なはずだ。
 シイナだってひとりでここまで来たわけじゃない。ひとりで幸せになろうとしているわけじゃない。ひとりであったなら、こんな風にはなっていなかっただろう。
 共にいたいと思える人に、出会えたから。

 ――君が、オレの勇気だ。

 今は訳のわからなそうな顔をしていた彼も、どうせすぐに気付くだろう。言葉にしないことも上手に拾い上げる、繊細な気持ちを持つ人だから。
 その時に、シイナがどれほど望んでここで暮らしているのかを知ってくれればいい。
 彼女がうらやむほどに、シイナが今、どれほど幸せであるのかを。

「とりあえず今は、結婚式待ちかな」
 あのもどかしい男女の未来の夢を脳裏に描きながら。
 シイナはひとり呟くと、ゆっくりと家路を辿って行った。






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ラグナ小説第二段をお届けしました〜。今回はちょっとライトで。
これはアインブロックの恋人クエストにあたる部分なのですが、勿論捏造満載ですので悪しからずw 殆どオリジナル化しております。
実際カーラとか、外出までも許されていないというエピソードは出てきませんし、作中ではクルトが集めていたということにした資源ですけど、実際クエストで集めたのはシイナ自身ですしね! 石炭40個分出費したよ!!
ベフとブロックを行ったり来たりした挙句にむき身にされたりと、なかなか楽しいイベントでございました。




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