ボクらのロングバケーション

ACT.3 不時着地、ランマ



「ちょっと、ちょっとジェフ〜〜〜ッ!」
「わ、わ……しがみつかないで、ネス!」
「だって、どんどん下に、下に……あぁあ――ッ!」
「おーちーるーーー!」

 どど―――――――――んッッ!!

「あ、だだ……った〜〜」
 見事に墜落した機体の中から、ぼろぼろになったネスとジェフがよろよろと身体を引きずり出した。たいがい、丈夫な連中だ。
「急に操作が利かなくなるんだもんな……」
 予測済みだったよと、ネスは心の中で思った。
 滑り出しは快調だったが、しばらく飛行を続ける内に、目的とは違う怪しい方向へ向かっていると、しかし気付いた時には遅かった。すでにまったく操舵を受け付けなくなり、機体は急降下を始めたのだ。
「ここは……あれ?」
 切り立った岩山と、細く続くいく筋かの道。
 何となく見た事のある風景だと、二人ともが気付いた。
 ふと前方に視線を向けると、人影が近付いてくるのが見えた。
「あ、あ!!」
「大丈夫か? お前たち」
 見覚えがあると思う間もなく、その人影ははっきりと視界に収まる人物の姿となり、ネス達よりもひとつかふたつ年上の、小柄な弁髪の少年が口を開いた。
「プー!!」
 見間違えるはずもない、精悍な雰囲気のその人は、共に冒険をした仲間のひとり、ランマ国の王子プーだった。
 見覚えもあるはず、ここは、東の辺境の国ランマなのだ。
「驚いた! 久しぶりだね、プー!」
「変な飛び方をしている変な飛行物体が見えたと思ったら、良く知った気を感じたんでな。落ちそうだったから、ここに導いたんだ」
 神秘の国ランマの王子ならではの物言いに、ネスはいたく感心した。
「もうちょっと優しく降ろしてくれればいいのに」
「そこまでは責任持てん」
 切れ長な目を細め、さわやかに、しかし高貴さを兼ねそなえた笑顔を見せるプー。彼も、まったく変わっていない。
「元気だったか」
 ジェフの時と同じく、久しぶりであるという事を微塵も感じさせない口調で、プーはネスに問う。あの冒険以来一度も会っていないのだから、実際はジェフよりも、ずっと久しぶりだ。
「プーの方こそ。何の音沙汰もないから、どうしてるのか、ずっと気になってたんだよ」
「便りがないのは息災の証拠だ。我々には、そんな物はたいして必要でもあるまい」
 いかにもプーらしい。
 会えないと寂しいなどという感情は、持ちあわせていないのだろう。もちろん、それは決して悪い意味ではない。目に見えない絆を信じているからこそ出てくる言葉だ。
 形のないものを信じ続けるのは、実はとても難しい。大抵は何か物に託したり、言葉にしたりする。それをしなくてもお互いを信じあえるのは、ネス達が、それだけ意味のある冒険をして、その過程で確かな絆を深めていたからだ。
「でも、たまには会いたいよ」
 素直なネスの言葉に、プーも「そうだな」と頷く。
「しかしこれでもなかなかに忙しくてな。これからも大変そうだ」
「何かあるの?」
 ネスの素朴な質問に、少々照れたように、プーは小さく呟く。
「そろそろ、王子でもなくなりそうだ」
「え!? ……それって」
 王子ではなく、本当に、この国の王になるという事だ。まだ少し先の話だが、準備も色々あってなかなか骨が折れるらしい。
「すっごいなー!! プー、王様になるんだ」
「東の果ての、ちっぽけな国だがな」
 そんな事を言いつつも、プーはこのランマ国に誇りを抱いている。愛する国を統治していくだけのカリスマと貫禄が、今のプーからは溢れていた。
「ゆっくりして行くといい。その乗り物は、残念ながら直してやる事はできないがな」
 それに関してはジェフがエキスパートだから大丈夫だと、ネスは笑う。
 どうやら今日は、ランマに足止めされる事になりそうだ。しかしネスにとっては、この上ない偶然と幸いだった。積もる話なら、たくさんあるのだ。プーが今どんな事をやって、どんな生活を送っているのかも知りたい。
 プーに言うと、彼は笑って「いくらでも」と言った。


 大好きなプー王子の大切なお友達の来訪に、王子に仕える女官達はこぞって盛大にもてなした。屋外に用意された宴の席で、ネスは少女達にもみくちゃにされそうな勢いで質問を浴びせられる。
 プーが国を出て冒険していた時の事など、訊きたい事は山ほどあるらしかったが、ネスが「プーの事なら、君達の方が良く知ってるよ」などと軽くかわしただけで、盛大な黄色い声が響き渡る。
 あの冒険の日々は、もう結構過去の話になるのだが、プーはその辺の話はほとんど口に出していないらしかった。だから、少女達は今でもあの時の話を誰かに聞きたくてうずうずしていたのだ。
 相変わらず、プーは大勢の女の子に愛されているようだ。
「直りそうか」
 少し離れた場所で、飛行機の修理をひとり黙々と続けるジェフのもとに、席を外したプーがやってきた。ついと差し出された飲み物を、ジェフは笑顔で受け取る。
「大丈夫。これが直らないと出発できないしね」
「急ぐ旅でもあるまい」
「そうだけど……」
 長くいればいるほど、別れる時にネスが寂しがるからね、とジェフは苦笑する。プーも軽く笑った。
「僕やポーラのように、ちょっと遠出をすれば会えるって訳じゃないから」
 不意に、プーは「そうか」と小さく呟いた。
「お前は元々北の方で暮らしていただろう。スリークに移り住んだのは……そういう事か」
 ジェフは、テレ笑いのようなものを浮かべる。
「それも理由のひとつだと思う。あれでネスは結構寂しがりやだからね。それだけ、という訳でもないけど」
「うん?」
 閉鎖的な空間で満足している自分と決別したかった、というのもあると思う。闘いの終わったあの時なら、無理矢理にでも今までの自分を変えられそうな気がしたから。
 しかし正直なところを言えば、寂しがっているであろうネスの日常を想像しながらひとり遠い地で暮らすのが、我慢ならなかったというのが一番の理由だ。
「寂しいのは、ネスだけじゃないだろう」
 プーがからかうように言う。しかし、ジェフは素直に「うん」と頷いた。
 特別だ、と思う。何がと言われれば明確に答える事はできないが、冒険の仲間達は、明らかに特別なのだ。特にネスの存在は、ジェフの中で他にはない位に大きな物となっている。理由は、やはり分からないが。
 別々の遠い地で、別々の仲間達とそれぞれの生活をして、お互いの知らない事ばかりが増えて行く。それが寂しかったのは、むしろ自分の方だ。それを許容できるほど、自分は大人じゃない。
「まあ、どちらにせよ、いい事だがな」
 プーが、女の子に囲まれているネスを振り返る。
「あれは、自然と周りにいる者を変えて行く質の人間だ」
 ジェフもネスの方を見やる。そうだろうな、と思う。自分でもずいぶん変わったと思うが、多分、大部分は傍にいるネスに変えられたのだ。
「あいつの近くにいれば、どんどん良い方向に高めてくれるだろう。そしてあいつ自身もまた、隣にいる人間の影響を受けて変わって行く。不思議な奴だ」
 そういうプーも、ネスと一緒に冒険をする事で、色々な面で変わった。折り目正しい厳格な人間だったが、別れる頃にはずいぶんとやわらかい雰囲気になっていた。
「俺が一国の王になるのにふさわしい人間に変えてくれたのは、ネスだ。俺はこの国を支えて行けるだけの器を持っているという自信があるが、ネスは俺にも無い物をその内に秘めているな」
 初めて会った頃、プーは自身の事を「ネスのしもべ」だと言った。星を救う運命の仲間という事を除いても、ネスの事を自分が首を垂れるに価するだけの人間であると認めていたのだろう。そういう人物に出会えるというのは、一生の内でもそうそうない。
 プーも、あえて口には出さなくてもネスの事が好きなのだ。
「プーは、いいのか?」
 ネスの傍にいられなくても。そういう意味合いを込めて、ジェフは言った。
「俺は俺の国を守る義務がある。まあ、それを除いてもな。俺とお前たちとでは、心のあり方が根本的に違うんだ。どちらが正しいという事でもないが、俺は特にお前たちが羨ましいとも思わない。だが『想い』は同じだと考えているよ」
 手の届かない遠いところにいる大切な仲間を思って、そこから生まれる力で、彼は国を支えて行くのだ。それそのものが、彼の生きる意味となる。
「だがお前は、ネスの近くにいてやれ。前や後ろや隣に誰かがいて、人は歩いて行けるものだ。そしていつかは、その心の奥深くにまで入り込む人物が現われる」
 プーの言葉に、ジェフは胸の奥に少しだけ痛みを感じた。自分とネスは、どこまで共に歩いて行けるのだろう。
「まあ願わくば、お前やポーラがそうなってくれれば俺は安心していられるし、疎外感を感じなくても済むんだがな」
 プーから『疎外感』などという言葉が出るとは思っていなかったから、ジェフは思わず笑ってしまった。
 プーが言った通り、想いは同じなのだ。
「先の事なんて考えてても仕方ないよな」
 独り言のように、ジェフは呟いた。
 どうせ考えるなら、不安ではなく希望を。
 それも、ネスが教えてくれたはずだ。
「ありがとう」
 ジェフの小さな言葉に、プーは訳がわからないといったような表情を見せたが、ジェフはそれ以上は言わず、ただ微笑んでみせた。


 翌日もよく晴れていた。
 平地と違って標高の高いここは涼しかったが、それでも眩しい太陽の恵みを実感する。
 ジェフお得意の夜なべの作業で、飛行機の修理は無事に終えた。そろそろ出発の時間だ。
「絶対、絶対に遊びに来てくれよ! 来なきゃ、ボクが来るから」
 別れを惜しむネスが、プーの両手をがっちりと握る。わかったわかったとなだめるプーは、まるでネスの兄貴のようにも見える。
「ちゃんとやる事をやって落ち着いたらな。お前は今でも俺の主なんだ。お前が誇れる俺であるよう、遠くても、想っていてくれ」
 今でも誇りだよと、ネスは力説する。プーは笑顔で頷いた。
「……強いて言えば、俺はお前の頭上ってとこかな」
 プーの呟きに、ジェフだけがそっと笑った。
「頭上?」
「迷った時は、空を見上げろって事だ」
 ますますもって訳がわからないという表情を見せるネスの肩を、プーはポンと叩いた。
「ほら」
 促されて振り返れば、飛行機にもたれかかるジェフが、呆れたような表情で二人を見守っている。
「ジェフ! 何だよ、その子供を見るみたいな優しい生ぬるい表情は!」
「その通りじゃないか」
 軽快に笑うジェフに、ネスは真っ赤になって走り寄った。そんな二人に向かって、プーは笑顔で小さく片手を上げた。
「プー、またな!」
 ネスが元気に手を振って飛行機に乗りこみ、ジェフがその後に続く。一瞬振り返ったジェフに、プーは再び、笑顔の餞別を贈った。


 勢い良く垂直に飛び立った飛行機は、青を真一文字に切るように、空を翔ける。
 先刻ネスと二人で話していた時のジェフの視線を思い出し、プーはやれやれと肩をすくめた。あんな穏やかな表情をする奴じゃなかっただろう、と思う。自分では気付いていないようだが。
「まったく、いい男になるね、あいつは」
 もっとも、そうなる頃には自分も彼に負けない位、いい男になっているという自信はある。
「ネスのマジックは偉大だな」
 自分の治めるべき愛しい国を振り仰ぎ、プーは、とりあえず二人の旅の無事を祈った。


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