UP20051204

          鋼鉄の都市 ――4 謎の鉱石と謎の老人

 


「お帰りなさいませ、お客様」
 シイナがフロントに顔を見せると、チェックインした時に受付を担当した従業員が、そのときと同様にうやうやしく頭を下げた。
「シイナ様、203号室ですね……おや?」
 ふと首をかしげた従業員は、不思議そうにシイナを見つめる。
「シイナ様は確か、お出かけのときには間違いなくこちらに鍵を預けられましたよね?」
「ええ」
 それは間違いない。一度部屋には入ったが、ろくに荷物もないし、すぐに出かけなければならなかったので、今目の前にいる従業員その人に、鍵を預けて外に出た。よく憶えている。
「鍵がないんですか?」
 シイナの質問に、従業員は慌てたように首を振ってゴソゴソとカウンターの下をあさった。
「いえいえ、予備の鍵はございますので問題はありません。私が確かに鍵をおあずかりしたのですし……」
 つまりやはり、鍵がないのではないか。
 しかし従業員はさっさと予備の鍵を取り出し、何事もなかったかのようにシイナに向かって頭を下げた。
「お待たせいたしまして、申し訳ございません。こちらがお部屋の鍵になります。ごゆっくりくつろがれますよう」
「ありがとう」
 まあいいか、と、シイナはその鍵を受け取った。
 別に部屋に貴重品を置いていた訳ではないし、部屋に入れないわけでもない。シイナはあまり小さなことにはこだわらない性格だ。大雑把とも言う。

 二階にあがり、アインベフに出掛ける前にも一度入った部屋のドアを開ける。
「え……ッ」
 思わずシイナは目を見張ってしまった。
 見たことのない老人が、室内のベッドに横たわっていたのである。
「失礼しました!」
 慌てて部屋のドアを閉じてしまってから、シイナはそんなバカな、と思い返した。いくら彼でも、一度入った部屋を間違えるほど間抜けではないはずだ。そのドアに記された部屋番号を確認すれば、確かにそこは203号室。シイナが取った部屋の番号であるし、今その手に握られているのもその番号の鍵で、シイナは確かにその鍵で、ドアを開けた。
 内側から鍵をかけた状態で、老人はシイナの部屋のベッドに横たわっていたのだ。
 シイナはその足で、フロントに直行した。
「あの……」
 部屋に見知らぬ老人がいた事を、従業員に告げる。
「え、そのような事が……」
 一体誰がどうやってそんな勝手な事を、と呟きながら、従業員はふと思い出したように伝票や帳面を漁る。
「一応確認を……あ」
 ああ、と、彼は沈痛な面持ちで頭を抱えた。
「どうかしましたか?」
「…………」
 無言の従業員。なんだ、どうした。
「……まことに、申し訳ございません」
「は?」
「シイナ様が外出されましたあとに、一度フロント担当が入れ替わったのですが……その……その時に、私のかわりに入った者が……シイナ様のお部屋に、別のお客様を入れてしまったようでして、私も今までその事にまったく気付きませんで……」
「え?」
「まことに申し訳ございません!!」
「はあ……」
 鍵が見当たらなかったワケだ。ダブルブッキングとは。実際そんな事があるのかと、そんな場合ではないような気がするが、シイナは妙な部分に感心してしまう。
「私は他の部屋でも構いませんが?」
「それがその……ただいま満室になっておりまして……」
 ああ。なるほどそれは、少々困ったことになってしまう。
「こちらの不手際で……なんと申し上げてよいか」
「うーん……」
「……ですが、先にお部屋を取られたのはシイナ様ですので……シノータス様、ああいえ、後からいらっしゃった客様には、私のほうから謝罪と交渉をさせていただきますので」
 いかんともし難い状況だが、それがホテル側としても最善の策といえるだろう。しかし、シイナは少し考えた。
 部屋で横たわっていた老人。上掛けもかけずにぐったりとうつぶせになっていた背中からは、相当の疲れが見て取れた。その老人を無理やり起こして追い出すのは、少々気が引けてしまう。
 早く宿で休みたいと思っていたのは事実だが、絶対にどうしても、そうしなければならないというわけでもない。モンスター討伐の際に野宿をするなんて、これまで当たり前のようにやってきた事だし、だからシイナは、そういう状況に慣れている。
「あの、私はかまいませんから、そのお客さんに部屋を譲ってやってください」
「え、ですが」
 シイナの言葉に戸惑う従業員だが、その顔からは、あからさまに安堵の表情が見て取れた。こういう商売をやっているだけに、頭の回転が速いのだろう。故に、シイナの言葉に速攻で反応してしまったのがハッキリとわかり、申し訳ないが、内心笑いを誘われてしまった。
「私は大丈夫ですから。部屋で休んでいるご老人は、そのままそっとしておいてあげてください」
 普段からシイナはどこでも眠れる質の人間だし、必要ならば一日や二日は眠らないでもいられる。この街の場合、警報が出たときのモンスターの出現は心配だが、安全を考えるなら空港のロビーにでも陣取っていれば問題ないだろう。
「そうおっしゃっていただけるのでしたら……はい、重ね重ね、心よりお詫びと感謝申し上げます」
 深々と頭を下げながら、晴れ晴れとした笑顔を見せる従業員。現金なものだ。
「荷物だけ、取りに行ってきますね」
 繰り返し頭を下げる従業員を尻目に、シイナは再び二階への階段を登った。

「失礼します……」
 小声で呟いて、その扉を開ける。
 先ほどベッドの上にいた老人は当然ながら見間違いなどではなく、未だにそこに横たわったままだった。
 が、その頭が微かに動き、シイナはピタリと動きを止める。
 ――目が覚めたのかな?
 できれば面倒な説明など無しに、そっと部屋をあとにしたかったのだが。
 ググ、と鈍い動きでうつぶせの頭が動き、皺の刻まれた顔が、こちらに向いた。その目蓋は微かながら開かれている。
「あ……」
 どのように説明したものかと、シイナは逡巡する。老人にしてみれば、鍵をかけたはずの自分の部屋に、見知らぬ男が忍び込んで来たようにしか感じられないだろう。
「あの」
「もう嗅ぎつけられたのか……目標を目の前にして、私の命もここまでか……」
 意識がまだハッキリしていないのだろうか。再び目を閉じた老人は、うわごとのようにひとりごちたが、シイナの姿をしっかりと捉えようとはしていないようだった。
「あの……?」
 何だか物騒な物言いが聞こえたような気がしなくもない。
「これも因果応報か? ……ビンデハイム……」

 ――え?

 今、彼はなんと言った?
 ビンデハイム。確かに目の前の老人は、その名を呼んだ。
 なぜその名前を? って、答えは決まっている。

『アインブロックで、シドクスを見かけたって噂が立ってるのさ』

 酒場で聞いた言葉が、鮮明に脳裏を過ぎる。
 彼が。シドクス?
 そんなまさか。
 たまたま同じ部屋を取ってしまった、本来何の接点もないはずのこの老人が。
 特に面倒ごとに係わり合いになりたい訳でもないし、係わり合いになる可能性も低いだろうと思っていたのに、どうしてよりにもよって、こんな偶然?
 それとも、これもめぐり合わせ――なのか。
 今このまま知らぬフリをしてしまえば、それで終わりだ。何も無かったような顔をして、このままホテルを出てしまえばいい。厄介ごとに巻き込まれる必要はない。
 けれど。
 シイナは、静かな動作で後ろ手にドアを閉めた。
「……あなたが、シドクスさんですか」
 シイナの言葉に、老人ははっとしたように、顔を上げた。そこに立つのが見知らぬ男だとわかって、ブルブルと首を振って、枕に顔を押し付けてしまう。
「いえ、いえ違いますよ。ええ人違いですよ。私はシノータスといいます」
 違う違う、と、老人は枕に突っ伏したまま首を振り続けた。
「アインベフで、ビンデハイムさんに会いました」
 その名に、老人の動きが止まる。
「私はこの件の関係者ではありません。ルーンミッドガッツの大聖堂から派遣されてきた者です」
「……君は、私を殺しに来たのではないのか」
「違いますよ」
 すぐに老人の言葉を否定してから、シイナはふと考える。
 シドクスは、何者かに命を狙われているのか? 炭坑夫たちを殺害した連中と結託していたのは、シドクスのほうではないのか。だが目の前にいる老人からは、殺気も危機感も何一つ感じない。本当にただの疲れた老人、だ。
「私はアインベフで偶然ビンデハイムさんの話を聞いただけです」
 観念した老人は、力の抜けた顔でベッドの上からシイナを見上げた。
「なぜ君は、私の居場所がわかった?」
 シドクスの言葉に、シイナは困ったように頭を掻いた。別にシイナがシドクスの居場所を突き止めたわけではない。すべては偶然である。最初から話したほうがいいだろうと、シイナは口を開いた。

「そうか……」
 シドクスは深く頷いた。部屋のダブルブッキングなどという変なめぐり合わせに、彼も苦笑しているようだ。
「シイナくん。何故君は、私に声をかけた?」
 シドクスの問いかけに、シイナはほんの少し神妙な顔つきになった。
「私は――真実が知りたいと思ったんです」
「真実?」
「何故炭坑夫たちが命を狙われなければならなかったのか。姿を消したあなたがどうしてアインブロックを訪れたのか」
「……」
「謎の鉱石とは、一体なんなのか」
 シドクスは、目を閉じてため息をついた。諦めとも失意とも――逆に決意とも取れる深いため息。
「君の知り合い縁者で、この件に関わっている者はいないか?」
「いません。アインベフで過去の事故の話を聞いた事のある人はいるでしょうが、少なくとも私の周りで、この件に関する調査をしている者は、誰も」
 シイナだってついさっきまでは、この件にこんな風に関わろうという気など、さらさらなかったくらいなのだ。
「……そうか」
 それでは運命に任せて引き受けてくれるか。私の抱えているこの謎を。
 そう言って、シドクスは静かに口を開いた。

 シドクスは確かに、金を詰まれて仲間の命を売った。
 細々とした収入でその日その日を暮らしている炭坑夫にとって、それは目もくらむほどの大金。言い訳も出来ないほど真っ正直に、シドクスは仲間よりも富を選んだのだ。
 なぜあの時鉱石を発見した炭坑夫が命を狙われるのか。それはシドクスも未だに知らない。だが自分がその事を依頼されていなければ、自分こそが仲間と共に葬られていたかもしれないのだ。どこに迷う必要があるだろう。
「しかし、それは甘すぎる考えだった」
 自分だけが助かるはずが、なかったのだ。
 自分は”彼ら”の手駒。彼らが直接手を下す必要がないようにと、選ばれた人材。
 約束された金が支払われることはなく。シドクスもまた、彼らに命を狙われる立場となった。役目を果たしたがゆえに、もう用済みなのだと。そして彼らに関わったからには、誰よりも最優先で抹殺しなければならない人物であると。
 彼の、長年にわたる逃亡の旅が始まった。
 何故、こんなことになった。
 仲間も死に、自分も居場所を奪われ。
 仲間を売ったのは、確かに自分だ。それは言い訳しない。だが、どうせそれがなかったとしても、仲間も自分も死んでいた。何故、どうして。

 あの鉱物が原因なのか。

 あの不思議な石を発見して、すべてが変わってしまった。
 すべては、あの石が。
「その鉱石とは、一体何なんです?」
「それは私にもわからない。そして、それこそが私のもっとも知りたい事でもあるんだよ。だから私は、この街にやってきた」
「何故?」
「私は随分と長いこと逃げて逃げて、大陸中を逃げ回った。何年も何年も。だが最近になって、その鉱物がアインブロックに運び込まれたという噂を聞いたのだよ」
「アインブロックに……」
 それで謎はひとつ解けた。なぜ今になってシドクスがアインブロックに姿を現したのか。
「けれどそれは、あなたにとって危険な行為ではないんですか?」
 謎の鉱石がここに運び込まれているという事は、それに関わる人間もここに集結するという事だ。
「もちろんだ。だがどうせ私はいつでも追われている身だからね」
 何年もたったひとりで逃げ続けたシドクス。しかし、腑に落ちない謎もある。なぜそれほどにひとりの人間に執着しなければならない?
「いつも追われているからこそ、それほどまでしなければならないその物体が何なのか。私もそれが知りたいのだよ」
 結局その鉱石が何なのか、何の目的があるのか。シドクス自身何もわかっていないのだ。
「だがここまで来て、私の身体も限界を迎えてしまった」
 シドクスの口調が重くなった。
「すっかり弱ってしまってね。せっかくここに最大のヒントがあるかもしれないのに、もう身動きすることさえ、ままならない」
「シドクスさん……」
「シイナくん。もしも君が鉱石の正体を知りたいのであれば、それは間違いなくここにある。”彼ら”がこの辺をうろついているのを見た。情報は確かだった。だがこれは、命に関わる事だからね。……良く考えた方がいい」
 シイナが関わろうとしているこの件は、想像以上に尋常でない何かが裏に潜んでいた。それは、この事を知っている人間の命にも関わる事で、シイナは既に片足を突っ込んでしまっている。これ以上進むなら覚悟が必要で、誰にも相談もできない。
 誰も、巻き込みたくないなら。

 コンコン。
 ドアをノックする音に、シイナたちはギクリと視線を動かした。
「あの、シイナ様、シノータス様? よろしいでしょうか?」
 ホテルのフロント係だ。
 そういえばシイナは、荷物だけ取ってくると言い残してこの部屋にやってきたのだった。すっかり失念していた。シイナが降りてくるのが遅いので、何かトラブルにでもなっているのではないかと心配したのだろう。
 シイナが慌ててドアを開けた。
「あの、シイナ様、お話はどのように」
 シドクスとシイナが何事かを話している様子を見て取って、従業員は恐る恐るといった体で進行状況をうかがってきた。
「その事ですが」
 口を開いたのはシドクスだ。
「後からこの部屋に入ったのは私ですしね。どうも私も体調が優れないので、治癒療養に長けている聖職者の彼がいてくれれば、助かるのですよ。ホテル側に都合が悪くなければ、相部屋という形で収められればと、今話していたところなのですが」
「シド……シノータスさん……」
 従業員は、姿勢を正して二人を見つめた。
「基本的に当ホテルはツインもしくはダブルの作りになっておりますから、今回はこちらの不手際という事もありますし、もしもお客様がそれでよろしいのでしたら、それはもう……」
「それでは、そのようにお願いします」
 最後はシイナがそう告げた。
 それでは、と従業員が扉を閉めて去った後で、シイナはシドクスに向き直った。
「それで良かったんですか?」
「君だって、そのつもりだったんじゃないか?」
 確かにその通りだ。
 はじめは老人に部屋を譲るつもりでいたシイナだが、それがシドクスだと知って、そして彼と話をして事情が変わった。
「明日になったら鉱石について調べに出ますが、それまではここにいることにしますよ。ホテルの中だって、決して安全地帯じゃない」
 シドクスは過去に仲間の命を奪うような真似をしたが、いま命を狙われているのは彼である。過去の事件と今現在の状況は、まるで別問題だ。日がな一日張り付いている訳にもいかないし、シイナに何が出来るという訳でもないが、あまり長いことひとりにはしたくない。
「君も、外で夜明かしをするのは危険すぎるからね。窮屈ですまないが」
 だが、決心をしてしまったか、と、シドクスは少し哀しそうな表情になった。
「君が私のように、一生追われるような事態にならなければいいが……それはあまりにも過酷で、辛すぎる人生だよ」
 それを実際に経験したシドクスの言葉は何よりも重い。
「――後悔、していますか」
 シイナの言葉に、シドクスは目蓋をきつく閉じた。
「しているとも。私の周りには、誰もいない。誰にも心を許せない。許したが最後、その人物にも刃は向けられる」
 そんな誰かが、シドクスにもいたのだろうか。
「私はね、アインベフを後にしたばかりの頃、この街に逃げ込んだことがあるんだよ。その時に、ひとりの料理好きなブラックスミスに会った」
 変わり者の彼だったが、そのブラックスミスはシドクスにとても良くしてくれた。逃亡に疲れた身体を介抱し、おいしい料理を食べさせ、彼を励まし、匿ってくれた。自分の息子と言ってしまってもいいくらい歳の離れた男だったが、彼のそばは、とても居心地が良かった。
「だが、私と一緒にいたせいで、彼の背後にも不穏な動きを見せる輩が動き始めた。だから私は、彼にも何も告げる事無くこの街を逃げ出すしかなかった」
 あれから何年が過ぎ去ったか。
 シドクスの眉間に、深く皺が寄せられた。
「どうせ私はもう長くは持たない。だから、ここで一目彼に会っておきたかったのかもしれない。このホテルに逃げ込む間際、広場で旅人に料理について熱弁を振るう彼を見たよ。……元気でいてくれた。相変わらず威勢が良かった。きっとその優しさも変わっていないんだろう……もう二度と話しかけることもできないが……良かった。本当に良かった」
「シドクスさん……」
「シイナ君。彼には、アークには、何があっても私の事を話さないでくれ。話せば彼は、その命を投げ打ってでも、私を助けに来てしまう」
 切実な、シドクスの願い。
 シイナは頷いた。頷くしかなかった。
 双方が命を懸けて相手を守ろうとしていたとして、守られてしまった方は、なんと不幸なことだろう。守りたいのは、自分だって同じはずなのに。そのアークという人物がこの事を知ったら、きっと烈火のごとくに怒るのだろう。
 けれどシイナは、シドクスの気持ちも痛いほどにわかってしまった。
「私がしでかしたのは……こういう事なんだよ。私だけの問題ではない。アークも、そしていま君も。関わるものすべてを巻き込む、最悪の行動だった。罪を犯した私はどうなってもいい、などと……それで済む問題なら、よほど簡単だった」
 シイナは頷いた。
「でもね、シドクスさん。あなたの行動が最悪なら、その後ろに控えている連中のやっている事は何ですか? もっともっと、最悪なことではないですか? それはたとえ今のあなたや私では無理でも、必ずいつかは誰かが、明らかにしなくてはならないことではないですか?」
 そのための一歩を自分が踏み出せるのなら、私はそれをやります。
 シイナは言い切った。

 ――シスター・テルーザ。
 今更ですが、身軽な私をここに派遣してくれたことに感謝します。
 あなたの言ったことは、正しかった。

「シドクスさん」
「なんだい?」
「後悔は、ある程度のところでやめておきましょう。誰だって間違えるんです。そしてそれが、取り返しのつかない事態を迎える事だって多々あります」
 殺人と呼べるだろう。シドクスの行為は。
「シイナ君、しかし」
「ですが、あなたがそれを認め悔いた時に、許されない罪なんて絶対にないんです」
 許されるとか許されないとか、誰がそんな事を決めるのか。誰が許そうが、犯してしまった罪を、その事実を帳消しにすることなんて、神様にだって出来ない。けれどそれを悔いる彼は、一生その罪を背負ったまま生きていくのだ。それ以上の責め苦など必要ないんじゃないかと、シイナはそう思ったのだ。罪は絶対に消すことができないからこそ、許すという救済が必要なのではないかと。
「明日私は、鉱石のことを調べに行きますよ。誰に強要された訳でもなく、自分自身で決めてね。それについてあなたが自分を咎める必要はまったくありません」
「シイナ君……」
「もう休んでください、シドクスさん」
 それでも何事かを言おうとしていたシドクスだったが、シイナに身体の上から上掛けを掛けられておとなしくなった。身体を動かすのもままならない彼が、長いこと話し込んでいたのだ。疲れるのも無理はない。
 シドクスが目蓋を閉じたのを確認して、シイナはソファに静かに腰掛けた。そして深いため息をひとつ。
 明日になったら。
 どの辺りから調べをつけたらいいか。
 そんな事をぼんやりと考えるシイナの頭上にも、夜の帳がひっそりと降りてきていた。




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