UP20051204

          鋼鉄の都市 ――8 愛すべきもの

 


「ユミルの心臓って……オレでも聞いたことがある」
 深刻な顔で呟くララクセルズの言葉に、シイナは頷いた。
「ユミルの心臓の存在自体は、オレたち他国の人間でも知っている場合が多いんだ。けどその管理体制は厳重で、それにどれだけの力が秘められているのか、どんな可能性があるのかはまったく明らかにされていない」
 その名前と、それが浮遊都市ジュノーを支える動力源であるということは、多くの人間に認知されている。が、それだけが認識されているのだ。それだけでも大した事実だが、ユミルの心臓というものに秘められた隠れた部分を、一般人は何も知らない。
 そのユミルの心臓の欠片が、アインベフで発掘された。しかしそんな重要なものが発掘されたとしたら、それは国の機関に吸い上げられるのが普通ではないのか。誰かがそれを隠蔽し、独自に研究を開始している。
 国がそれをさせているとは考えにくかった。それにしてはあまりに施設や警備体制がおざなりすぎたからだ。
「そしてその鉱石を発見した炭坑夫たちが、次々と殺された」
 国がそんな事をさせているのだとしたら、国民にとっては大問題だ。それはあまり考えたくない事態である。
 そして、そんな風に動いている機関の事を、シュバルツバルドやルーンミッドガッツは知っているのか。そこが一番の問題だ。知らないままでいるのなら、報告する義務は生じるかもしれないが、もしもそれを知った上で、一般の人間にそれを知らせないまま動いているのだとしたら、一般人がそれを知ったことで不都合が生じるかもしれない。そうなれば、高い可能性でシイナやララクセルズやビンデハイムの身柄も、自由とはいえない状況に陥ることになる。
 世界を思うままに、と。シドクスはそう言った。
 そんな力を持つものを、彼らは発見してしまった。

 国にそれを知らせなければ、取り返しのつかないことになるかもしれない。
 国にそれを知らせたら、取り返しのつかないことになるかもしれない。

 どちらの可能性も考えられるときに、シイナはどう行動するべきか。
「知らないフリをするしかないんだよ」
「シイナ……」
「国が何だ。世界が何だ? 近くにいる人間ひとりも護れない奴が、関わっていい事じゃない。国が絡むほどに大きな問題であるとするなら、それこそ自分の身は自分でしか護れない。もうこれ以上、誰を失うのもゴメンだ」
 この腕の中で消えていく命を、留めることができなかった。
 死んでいった彼が辿ってきた苦難の運命を、少しも労うことも出来ないまま。安らかな人生に戻ることも出来ないまま。彼は確かに罪を犯したかもしれないけれど。
「失っていい命なんて、ひとつだってないんだ」
 膝の上で組んだ両手に、シイナは額をあてた。こうしてらしくもなく人前で身をかがめてしまうほどに、シイナにとって衝撃的な出来事だった。人ひとりも護れなかったことが。それほどまでに、自分の力が足りなかったことが。
 誰だって、何でも自分の思い通りに出来るわけではないし、どんなに頑張ったって抗えない力だってある。自分の力だけで何でも出来るなんて、それこそそんな考えは驕り以外の何物でもない。そんな事はわかりすぎるほどわかっているつもりだけれど。
 こんな事件に首を突っ込んでいいほど自分はご立派な人間ではない。どうせ自分が関わったところで、事態を変える事なんてできやしないのだ。けれどそうとわかっていても、そうせずにはいられないのは、己の心の弱さではないのか。
 その弱さの結果がこれだ。
 何も、できないくせに。
「それでもシイナは、シドクスの死を見届けたろう」
 ララクセルズの呟きに、シイナは顔を上げる。
「最初から知らないフリだって出来たはずだ。逃げ道はいくつもあった。例えば理由はどうであったって、シイナが彼の代わりに事件に関係したのは事実だし、多分、シドクスだってシイナに救われた部分があったと思う」
「……」
「オレがもしシドクスの立場だったとしたら、きっと最後に言うよ。ありがとうって」
「……」
 そう。
 シドクスは最後に言った。
 シイナに、ありがとう、と。

 シイナは黙ったまま、目の前に広がる夕闇の山脈と景色を見つめる。
 その景色が放つ蒼い輝きを宿した光が、一筋だけシイナの頬を伝って落ちた。
 ――どうして君はいつも、そうやってオレを救う言葉を簡単に紡ぐことが出来る。
 思った通りだった。ララクセルズ。彼は人を救うことのできる人間だと。今沈み込んだシイナの心を救い上げたのは、まっすぐで聡明な彼のその手だ。
「――ありがとう」
 立ち上がり、ララクセルズに向き合うように振り返ったシイナの瞳は、穏やかな光を宿していた。穏やかではあるが、強い意志を示して彼を見つめる。
「約束してくれ。アークには、何も話さないで欲しい。君ももう、この件に関わらないでいてくれ。オレもこれ以上は事件を追わない」
 結局自分の至らなさで、ララクセルズも巻き込むことになってしまった。
 臆病風に吹かれたわけでも、自分を必要以上に貶めているわけでもない。事実を現実的に受け止めた結果だ。自分はこの件に、これ以上関わるべきではない。
 そう。そうするべき時が来るまでは。
「……わかった」
 ララクセルズも、頷いた。
 個人でどうにかできる問題ではないと理解したからだ。
「でもオレはお前の知ってることを全部知ってる唯一の人間なんだからな。お前もオレに言わないで無茶なことはするなよ。絶対に」
 ララクセルズに言われてしまうとは、と考えなかったわけではないが、口には出さなかった。無謀なのはお互い様だろう。
「了解」
 シイナが微笑んで答えて、ララクセルズも笑って頷く。
 やっと、笑い合えた。
「帰ろう」
 シイナの言葉に、ララクセルズは少しだけ目を見開く。
「帰ろうって、アインブロックに?」
「他にどこに」
「いや……」
 ララクセルズが逡巡するのに、シイナはまた笑って言った。
「アインブロックの調査はまだ始まったばかりだ。当然それは続けるよ。君も協力してくれよ。それに」
「それに?」
「君はオレに負けないくらい無茶な人間だからね。何しろ重大な秘密を知ってしまってるわけだから、しばらくは心配で目を離してられない」
「また人を子供みたいに!」
 むくれるララクセルズに、だって子供みたいじゃないかと心の中だけで呟いてシイナは笑った。それを突いて楽しんでいる自分も大差ないとは思ったけれど。




 アインブロックに戻って、まず最初にシイナはホテルへと赴いた。つられてついて来るララクセルズは心配しているようだったが、飛び出したままでホテル側に迷惑をかける訳にはいかない。事情聴取で色々と勘繰られるうちに、あの謎の組織に感付かれる可能性がないわけではなかったが、どうにかやりすごすしかない。
 二階は未だ警官隊の捜査で騒がしいようだったが、一階のカウンターにはあのフロント係がひとり佇んでいた。来訪する客に失礼の無いようにとの配慮だろうか。
「あの……」
 シイナが声をかけると、フロント係はシイナへと視線を移した。
「さっきは勝手に飛び出してしまって……」
「ようこそ。初めてのお客様でしょうか?」
「えっ?」
 フロント係は、つと辺りに視線を巡らせた。付近に誰もいないのを確認して、ほんの少しシイナに顔を寄せ、囁くような声で話す。
「せめてものお詫びです。シイナ様の宿泊履歴は、現在抹消されております」
「え……」
「このホテルのあの部屋には、シノータス様だけが宿泊なさっておりました」
「あ……」
 フロント係は、姿勢をピンと正した後で深々と頭を下げた。
「大変心苦しいのですが、当ホテルは現在少々立て込んでおりまして、お部屋をご用意することが出来ない状況でございます。まことに申し訳ございません」
 柔らかな笑顔に、シイナは言葉をなくした。
「シイナ」
 後ろからララクセルズにつつかれた。
「だったらオレのところに来ればいいよ。無料だぜ」
 せっかくの心遣いを無かったことにしなくていい。ララクセルズの視線がそう言っていた。シイナは頷く。
「わかりました。では、またの機会に」
 シイナの言葉に、フロント係はその場面にそぐわぬ満面の笑顔を見せた。
「またのお越しを、心よりお待ち申し上げております――」

 夜になっても工場からの機械音が鳴り止まない道を、ふたりはゆっくりと歩いた。
「シイナ。もしアレなら、ここにいる間オレの家に来てもいいぞ。あんまり金がないとか言ってたじゃないか」
 ともすればあれこれと考え込んでしまいそうなシイナの思考を止めるように、ララクセルズは努めて明るく話しているようだ。彼らしい心遣いに、シイナは微笑む。
「でもそれはちょっと困るなあ」
「……なんで」
 明らかにムッとしている様子の彼に、シイナの笑いは止まらない。でもまあ、困るというのも嘘ではない。
「結構、長くなりそうだからね」
「長く?」
 うん、とシイナは頷いた。
「暮らそうかな。ここで」
 ポツリと洩らしたようなシイナの言葉に、ララクセルズはポカンと口を開けた。
「なんで!? あんなに奇麗な場所で暮らしてられるのに!?」
 彼の言う事ももっともだ。ここは暮らすにはあまり快適な場所ではないと、ここで暮らす人々は皆言う。だが彼らだって、ここでずっと暮らしているではないか。きっと理由は色々あるだろう。
「好きだよ。この街がさ」
 常に煙に包まれた工業の都市。汚れた空気の中であくせくと暮らす人々は、大雑把で他人の事なんて構っている場合じゃないように振舞っていながら、それでも暖かい。
 赤く錆びた建物や通りは、彼らの労働の象徴だ。
 労働を尊び、創造を重んじ。
 こんな街やここに住む人々を、きっとシイナは愛する。
「どうせ身軽だしね、オレは。だから、さすがにそうなると、やっかいになるのは少々困るかなと」
「バカ! 構わないよ、そんなことは!!」
 怒ったように怒鳴るララクセルズに、今度はシイナがポカンとしてしまう。
「それこそそういう事なら、いつまでだっていていいよ! ……オレひとりだし、母親とかたまにしか来ないし、だから生活はその、かなり殺伐としてるけど」
 段々言いよどむ彼だが、そんな彼の不器用さを、シイナは微笑ましく思う。シイナが愛するのは、きっとこんな優しさだ。
 人を育む体温のような。
「……うん」
 静かに頷くだけのシイナだったが、ララクセルズはそれで満足したようで、本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
「それも悪くないかもね。目を離すと何をしでかすかわからない君は、近くにいた方が心配なくて良さそうだ」
「なんだそれ! 人の事言えないだろ!!」
 笑ったり怒ったり、忙しい男だ。
 まだ確実に安全だと言えない状況だから、できればまだしばらくはここで、自分とララクセルズの身のまわりを確認しておきたいというのも事実だ。ララクセルズが絶対にひとりで先走らないという保障もないし、万が一自分がそうなってしまったとしても、その場合は彼が抑止力になってくれるだろう。
 極力巻き込みたくないと思っていた、底の見えない深い事件。それを隠し通すには、シイナの力が足りなすぎた。ひとりで抱えきれずに共有することしか出来ないのなら、その荷物を取り合うのでは駄目だ。それは、お互いを傷つけることにしかならない。
 その荷物の重みを、預けあっていかなければ。
 そうしてそれでも、望むことが許されるなら。
 出来るだけ。
 出来るだけ、彼には平和であってほしい。

 目を離すと何をしでかすかわからない男だから。
 ――通りすがりのオレなんかのために、自分が傷つくことも厭わない君だから。

「感謝するよ」
 シイナの言葉に、ララクセルズの動きがピタリと止まった。一瞬見せた驚いたような顔を隠すように、その眉を寄せて彼はクルリと振り返ってシイナの視線から逃れた。
「そんなのいいっての!」
 ズンズンと歩くララクセルズの背中に、シイナはただ視線だけを投げかけた。

 君との出逢いに、感謝する。

 先を行き過ぎたララクセルズは、立ち止まって顔だけをシイナの方へと向けた。
「早く歩かないと置いてくぞ」
「はいはい」
 シイナが思うこんな事を口に出してララクセルズに告げれば、きっと彼は走って逃げる所の騒ぎじゃないのかもしれない。けれど今のシイナは、そういう楽しみを後に取っておいてもいいという状況を与えられたわけで。
 そんな先の事を想像してつい漏れる笑みを隠せないまま、シイナはララクセルズの後を追って歩いていった。






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捏造ばんざーい! じゃなくてまんさーい!!
何が捏造って、一番の捏造は、ワープポータルで修道院にダイレクトアタックは出来ないという点でしょうか(そこか?)。ポタでダンジョンに直に行くことは出来ません。そしてホーリーライト一発でグールが倒れるわけもありませんが!
このお話はアインブロック地域でのシドクスクエストにあたるシナリオ部分なのですけど、シドクスとのエピソードは割とそのまま使っておりますが、他の部分は大変にフィクションであります。案内員とこんなに仲良くなることなんてできません! 仲良くしたいけど!
一応補足として、このお話に出てくるキャラクターの中で、ゲーム中の名前をそのまま使用しているのは聖堂のトーマス司教とビンデハイムとシドクスとアーク・クラインです。あとは氷村が勝手につけた名前ですのであしからず!
そして作中でユミルの心臓の謎がまったく解けていないのですけど、これはシドクスクエストの中でも解決されていないので、こういう形にせざるを得ませんでした〜。ちゃんと続きのエピソード、入るんだろうな……?
あまりに捏造が激しいので、ここまでご覧になってくださった方へのせめてもの言い訳といたしまして、抜き出し突っ込み編を提供させていただきます。興味のある方は下のリンクからどうぞ。本文からの部分抜き出しですので、先に本編を全てご覧になってくださってからどうぞ!

鋼鉄の都市抜き出し突っ込み編




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